インタビュー 公開日:2021.03.04

多様化する医師のキャリア選択で大切なこと<皮膚科医・大塚篤司先生>

多様化する医師のキャリア選択で大切なこと<皮膚科医・大塚篤司先生>

最近では医師として臨床の現場をこなしながらも、他領域に挑戦するなど活動の幅を広げていき多様なキャリアを築く医師が増えてきました。そうして医師のキャリアが多様化していくなかで、選択に迫られる機会は以前よりも多くなっているのではないでしょうか。

臨床、研究、執筆活動など皮膚科医として様々な活動に取り組み、キャリアを確立されてきた京都大学医学部特定准教授・大塚篤司【おおつか あつし】先生も、多様なキャリアを描く医師のひとり。

今回は、「SNS医療のカタチ」の運営やコラムニストとしての活動など幅広くご活躍される大塚先生に、ご自身のキャリアを振り返りながら"キャリア選択において大切なこと"を伺いました。

診療科選択で「皮膚科」を選んだ理由

はじめに、大塚先生が医師を志したきっかけについてお伺いできますでしょうか。

私は小さい頃から小児喘息があり、2〜3歳で入院。そこから毎週のように小児科に通っていました。秋口になると発作が起きて、夜間の救急に行って、ひどくなると入院して......。そうした経験があったので、自分にとって医師は身近な存在だったんです。幼稚園の頃には、「将来は医師になりたい」と思うようになっていましたね。

大塚先生は診療科選択では、はじめに皮膚科を選択されています。この選択にはどのような理由があったのでしょうか?

私が卒業したときは、まだ今のスーパーローテートがはじまる前だったのもあって、どの診療科に進むかはとても悩みました。医師になるきっかけにもなった小児科に対しては、なんとなく「いいな」と思っていましたが......。

あとは、大学生のときにはじめた基礎研究。当時、生化学教室でがんの研究をしている先生がいて、そこで研究をさせてもらっていたんです。そのときに研究の楽しさや面白さに改めて気づいて、基礎研究もやりたいと思うようになりました。

患者さんはちゃんと診たいし、研究もしたい、がんの研究もしていたから、がんも診たい。そう考えていくうちに、だんだん選択肢が絞られていきました。その結果、当時は皮膚科がピッタリだったんです。

もともと興味があった小児科は、小さい頃にかかっていた医師によくしてもらった経験があったからでしょうか?

そうですね。小さいときに接した先生たちは、あまりお医者さんぽくない優しい先生だったので、自分も子どもに対してそうありたいと思っていました。でも、皮膚科にもアトピーなどで小さい子どもは来るので、「小児科に行かなくても叶えられる」と思いましたし、それも含めて自分のやりたいことができそうな診療科が「皮膚科」だったというわけです。

「医局に属す?」「属さない?」医局に所属する"意味"とは

「医局に属す?」「属さない?」医局に所属する

最近では医師のキャリアはますます多様化していて、医局に属さずキャリアを築かれる方も増えてきた印象があります。大塚先生は現在も医局に属していらっしゃいますが、医局に属すメリット・デメリットにはどういったことがあるのでしょうか。

最近では医局に所属することのデメリットが多く取り沙汰されている印象があります。確かに医局に属していることで、融通の利かないことはたくさんあります。たとえば、勤務先の人事が医局の都合によって決まったり、医局の雑用があったり、組織であるからこそ理不尽なことは多いでしょう。

それは確かにそうですが、逆に組織にいることで楽しめることもあります。ひとりではできないことも、"医局"という大きいチームの中で成し得ることができるんです。私の場合、皮膚科という巨大なチームの中で、自分たちの研究を活かした新しい薬を世に出せました。その一部を自分が担えたのは、とても大きな経験だったと思っています。

それから、医局にはロールモデルが非常に多い。様々なタイプの先生が集まっているので、明確にやりたいことがない場合でも、どんなキャリアを歩むか考えるきっかけとなる先生と出会う可能性は高いでしょう。なんとなく医師になったけど、具体的に自分のしたいことが見えていない先生は、医局に入って「こんな先生になりたい」「こんな先生にはなりたくない」ということを感じた方が、自分の将来は見えやすくなると思います。

確かにひとりで仕事をするとなれば、できることに限りは出てきますね。反対に医局に所属しない場合のメリットというと、自由に自分の裁量で仕事ができることになるのでしょうか。

そうですね。医局に所属していなければ、やりたいことにフットワーク軽く挑戦できると思います。一方で、医局に所属していると、様々な制約があることがデメリットです。たとえば、「SNS医療のカタチ」の運営、本やコラムの執筆など私が取り組んでいるものと似たようなことを、医局に所属する若い先生がスタートしようとすると苦労の連続です。教授の許可を取り、上司の許可を取り、下手をしたら病院長の許可もとって、さらに内容もチェックされるかもしれません。医局に所属していると、なかなか自由に取り組むことができないんですね。

ですから、自分にやりたいことがあって、その目的を果たすために医局に属していることが壁になってしまうなら、医局に属さない選択はありだと思います。

たとえば、医局に属さず活躍している方にはどのような方がいらっしゃるのでしょうか。

たとえば、うんこ学会の石井洋介先生。彼は医局に属していないため、何かに縛られることなく、好きなことを突き進んでのびのびとやっている感じですごいですよね。しかも、医局に属していないけれど、彼の周りには医局のようなチームができています。でも、こうした働き方は、それなりに強い目的や意志がないと、なかなか難しいのも事実だと思います。

どちらかというと今は、「医局に入らない方がいい」という風潮があります。でも、ただ単に「医局が嫌になったからやめる」のはよくありません。医局にいる意味をしっかりと考えて、医局に属する必要があれば残ればいいし、そうでなければ辞めればいい。医局に属してみて、必要がなくなったらそこで辞めてもいいわけなので、とくにやりたいことが明確にないのであれば、「とりあえず医局に属しておく」選択肢もあると思っています。

「チャレンジ」は、自分の考えとは別のところにある

「チャレンジ」は、自分の考えとは別のところにある

診療科や医局に属す・属さないの選択のほかにも、キャリアの分岐点はあると思います。大塚先生がこれまでにキャリア選択で悩んだことにはどのようなことがありますか?

大きいところでいうと、留学ですね。私は医師になるときに漠然と「一流の研究室、一流の病院で経験を積みたい」という目標を持っていました。ですから、それまでは「留学するためにどうすればいいのか」を考えてキャリアを形成してきたところがあります。

でも、実際に行ける状況になると「自分で行きたいところを探していいよ」と言われ、とても悩んだのを覚えています。留学するつもりで準備はしてきたけど、まずアメリカに行くのか、ヨーロッパに行くのか。その中でどこの都市に行って、何を研究して、どの指導者を選ぶのか......。それらを全部自分で選ばなければならなかったんです。

それでまずは「一流の免疫アレルギーの研究をしている研究室に留学したい」という考えで、世界中からピックアップしていました。ただ、当時はもう子どももいましたし、家族で移り住むことになっていたので、治安がいい場所である必要がありました。そうして考えていくと、だんだん絞られていきました。

......でも、結果的には自分が行こうとしていなかった場所に決めてしまったんです(笑)

それはなぜですか?

ヨーロッパでピックアップした場所というのが、当時スイスの"ダボス"という地域にある研究所でした。そのダボスに見学に行ったとき、「チューリッヒ大学にがんの研究をしている皮膚科の先生がいる」という情報を知り、ついでに立ち寄ることにしました。そうしたらそこの雰囲気や研究内容を総じて気に入ってしまって。頭で考えていたのはダボスだったけれど、実際に行ってみたら「チューリッヒにしよう」と、直感ですぐに決まりました。

結局、ただリサーチだけしていても、実際には何もわからないんですよね。ですから何かを選択するときはある程度リサーチをしたら、実際に行って、雰囲気を見て、「ここだ」と感じるところを選ぶのがいいと思います

それから、自分が想像を巡らせていることは、これまでの自分の経験の中でしか生まれてきません。「何かチャレンジがしたい」ときに、自分の頭で考えたことだけを実行していては、これまでの自分を超えられないんです。ほかの人の話を聞いたり、実際に見学に行ってみたり......。足を運んでみると、実はそっちの方がいいこともあります。

キャリアはあとで振り返れば、すべてが"正解"になる

大塚先生の今後のキャリアビジョンについて、教えてください。

ありきたりですけど、これからは若い医師の教育に力を入れて、「いいお医者さんを育てたい」という思いがあります。それが将来、結果的に患者さんにとってプラスになるので、目指していることです。

ただ、働き方は少し変えていこうと思っています。これまで私はキャリアビジョンをしっかり考えて準備をしてきましたし、留学のほかに描いていた夢もほとんど叶えてしまいました。これはすごく幸せなことのようですが、「これから自分は何をしたいんだろう」と考えてしまい、なんだか無気力になってしまったりもして。

ふと、キャリアや夢を叶えるためにしてきたことが、スタンプラリーのようになってしまっていたことに気づいたんです。周りの景色を見ることなく、黙々と目標に向かってただ努力をしていくことにはもう虚しさも感じていて、だからこそこれからは自分が「楽しい」と思うことや「必要だ」と思うことに力を使いたい。誰かの後を追うのではなくて、自分がつくった道を誰かが歩いてくれたらいいな、と思っています

これまでとキャリアの描き方が変わってきたのは、やはりこれまでスタンプラリーのように積み上げてきたものがあるからこそ変化してきたのでしょうか。

その通りです。やはり土台がないと何もできません。私の場合は、スタンプラリーのような集め方をして土台をつくりあげましたが、結果としてはそれが近道でもあったんです。そのおかげで今のようなことができているし、そのキャリア選択が悪かったとも思っていません。

結局、あとで振り返ったらそれはすべて正解になるんです。だから、キャリア選択で悩んだときは、自分にとっての答えが見つかるまで悩み続けるのもいいと思っています。点と点は最後つながって必ず線になるので、最初から線を意識してキャリアを歩んでいく必要は決してありません

ただ、私のようにやりたいことがあるなら、スタンプラリーのようにキャリアを積んで近道をするのもまた正解です。大切なのは、そのときの感情に振り回されて闇雲にキャリア選択をするのではなく、自分のやりたいことや行動する意味・理由をしっかりと持って選択をしていくことだと思います。

ありがとうございました。最後に、キャリア選択に悩む若手医師に向けて、メッセージをお願いします。

まずは「いいお医者さんになってほしい」のと、「留学を経験してほしい」ということを伝えたいです。日本には、外に出てみなければわからない"閉塞感"があります。みんながみんなを監視している雰囲気があり、それが日本人特有の細やかさや空気を読むという行動につながっているのですが......。

海外に住み、仕事をし、そのうえで日本をもう一度見つめてみて欲しい。そして、そのとき・その瞬間目の前にいる患者さんにとっての「いいお医者さん」を考え続けて、求められる医師になって欲しいですね。

まとめ

目標を持ち、キャリアプランを立て、その通りに実行されてきた大塚先生。しかし、先生自身も、大きな選択のたびに迷い、考え抜いてこれまでのキャリアを歩まれてきました。

キャリア選択に正解はなく、「振り返ればすべて正解」。ただ、大切なのはその時々で"自分にとって意味のある選択"をしていくこと。そのためには、「大変だから」「嫌だから」とマイナスな感情に振り回されるのではなく、自分の実現したいことを叶えるための選択をしていく必要があるでしょう。

大きなキャリア選択の壁にぶつかったときは、とことん悩み抜いたり、ときには行動を起こしたり、人に聞いてみたり......。そうして模索を続けていけば、いつか振り返ったときには点と点が線になった自分だけのキャリアが出来上がっているはずです。

大塚篤司さんの写真

大塚篤司(おおつか・あつし)先生

1976年生まれ、千葉県出身。2003年信州大学医学部卒。チューリッヒ大学病院皮膚科客員研究員を経て、現在は京都大学医学部特定准教授。皮膚科専門医、がん治療認定医、アレルギー専門医。コラムニストとしてAERA dot.、BuzzFeed Japan Medical、京都新聞「現代のことば」などに寄稿・執筆。著書に『本当に良い医者と病院の見抜き方、教えます。』(大和出版)『最新医学で一番正しい アトピーの治し方』(ダイヤモンド社)『心にしみる皮膚の話』(朝日新聞出版社)がある。

(常勤)皮膚科の求人検索 (非常勤)皮膚科の求人検索