新型コロナウイルス感染症で注目される「渡航医学」とは

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業界動向

公開日:2020.12.02

新型コロナウイルス感染症で注目される「渡航医学」とは

新型コロナウイルス感染症で注目される「渡航医学」とは

「渡航医学(トラベルメディスン)」とは、海外渡航者の医療全般を扱う学問です。日本から海外に出国する人、海外から日本に入国する人、どちらも渡航医学の管轄です。渡航先での感染や事故を予防することに重点を置いて、出入国前に様々な備えを用意することなどをおもな仕事としています。

新型コロナウイルス感染症の世界的な流行が起きてから、渡航医学への注目度が高まってきています。その一方で、その専門的な知識・技術についてはこれまであまり知られておらず、日本における渡航医学の認定医は少ないのが現状です。

今回は、渡航医学とはどのような医学で、具体的にどのような役割を果たしているのかを詳しく解説します。パンデミックに対する意識が非常に高まっている今、渡航をめぐる医療現場ではどのような対応がとられているのかもみていきましょう。

「渡航医学」とは?

「渡航医学(トラベルメディスン)」は、渡航にかかわる医療全般を取り扱う医学で、おもに渡航者の健康に問題が発生しないよう、疾患を未然に防ぐ「予防医学」としての役割を期待されています

取り扱う領域には、新型コロナウイルス感染症やインフルエンザといった感染症対策のほか、渡航中の救急対応や診療問題、ダイビング中のトラブル、気圧・湿度による体調への影響、メンタルヘルス、産婦人科関連など、幅広いものが含まれています。

渡航医学においては「渡航者」「渡航先」「介入」の3つの視点からリスク判断を行います。マラリアやデング熱をはじめ、渡航先で多く見られる感染症をリストアップして適切なワクチン接種を行うほか、渡航者の身体に負担がかからないような旅程の指導と情報提供などのサポートも行います。

もともと渡航医学の成り立ちは、近現代に入り国家間を往来する人の数が急増したため欧米で1980年代に学問として体系化されたものです。日本では1990年代に海外渡航者数が激増したことを受けて渡航医学の必要性が認識され、トラベルクリニックが設置されるようになりました。国内のトラベルクリニック数は2020年11月現在159施設となり、地方においても徐々に数を増やしています。

昨今の新型コロナウイルス感染症においては、世界各国で渡航制限がかけられるなど、その影響力は甚大です。国家間の人の行き来をシャットダウンすれば確かに感染症の拡大を大きく抑制することができるかもしれませんが、グローバル社会の現代においてはあまり現実的な方策とはいえないでしょう。そこで渡航医学の重要性が見直されてきているのです。

渡航医学の役割

渡航医学の役割

渡航医学というと、海外渡航前にワクチン接種を行う「予防接種外来」のように思われることが多いですが、実際は渡航中や帰国後にも健康に関するあらゆる相談を引き受ける、総合診療の領域となっています。それでは、具体的にどのような診療を行うのかをみてみましょう。

渡航前の検診や健康に関する相談、ワクチン接種

海外渡航を予定している人に対して、渡航先で流行している感染症や環境変化による体調不良を防ぐことが大きな役割のひとつです。

狂犬病や、蚊を媒介にした感染症など、日本ではあまりメジャーではない感染症が発生している渡航先に向かう人がいたら、病気に有効なワクチンがある場合、トラベルクリニックなどでワクチン接種を行います。

海外渡航中には、現地でしか体験できないダイビングや登山などのアクティビティに積極的に参加したい人も多いでしょう。そのため気圧や水圧の変化、寒暖差など、身体に様々な影響を及ぼす環境的要因についても、正しい予防法を考える必要があります。

また、渡航者のなかには重症化や複数の疾病に罹患するリスクの高い人がいます。子どもや高齢者、妊婦のほか、糖尿病や高血圧、アレルギーといった慢性疾患を持つ人が渡航するときは、渡航者一人ひとりの体質と健康状態、そして渡航先で想定されるリスクなどを掛け合わせて予測し、予防薬の処方や事前指導を行います。

旅行中の事故や疾病に対する備え

渡航前に備えておくべきこととして、ワクチン接種や指導だけでなく、海外旅行保険の加入もあげられます。最近はクレジットカードなどに付帯している旅行保険もあります。旅行中にトラブルがあったとき、どの機関に連絡をとれば良いか、旅行保険ではどのような補償を受けられるのかといった必要な知識を渡航者に伝えます。

また、現地の病院で提示できるよう、既往症があれば外国語の診断書、薬剤証明書を発行することと、海外の医療事情に関してアドバイスを行うことも重要な仕事です。

旅行後の健康相談

旅行から帰国した後に関する健康相談も受け付けます。海外から帰国してきた日本人、日本に入国してきた外国人のどちらも対象です。

渡航者が帰国後に体調を崩した場合、渡航地域によっては感染症にかかっていないか確認することが大切です。帰国後の発熱、下痢、腹痛、発疹などあらゆる症状に対して、渡航先と渡航者本人の病歴、現地の旅程はどのようであったかなどを総合的に見て診療を行います

最近では、新型コロナウイルス感染症のため、出入国の水際対策においても渡航医学が重要な役割を果たし、注目を集めています。例えば、PCR検査と抗体検査の実施、また、政府などの公的機関が入国条件として事前提出を求める健康診断書を作成することなどです。

医師が渡航医学を学ぶ重要性

医師が渡航医学を学ぶ重要性

昨今、国内でもにわかに渡航医学の重要性にスポットライトが当たるようになりましたが、まだメジャーな領域とはいえません。しかし、今後も新種のウイルスなどによる世界的パンデミックの到来は避けられないでしょう。そのようなとき、水際で疾患の蔓延を押しとどめることのできる学問として渡航医学に期待される役割は大きなものです。

ビジネスや観光で海外に渡航する邦人は年々増えており、また同時に来日外国人客数もこの数年で急増しています。渡航医学を専門としていない医師でも、その基礎知識を持っておくことは重要といえるでしょう。もし、かかりつけの患者さまが海外旅行などを予定している場合、病気を未然に防げるようなアドバイスや対応を取ることができれば、患者さまとそのご家族の健康を守ることができます。それだけでなく、国内での感染症の蔓延に歯止めをかけられるという点でも貢献できるでしょう。

渡航医学の大きな特徴として、「渡航先の国で」「その旅行者が」「どのような活動をすると」「どのようなリスクが生じるか」といった複合的な要素をもとにリスクを事前評価できる点があります。例えば狂犬病が見られる地域で高山に登る旅程を組んでいる場合、渡航者が4歳の子どもと高血圧で薬剤治療中の高齢者とでは、接種ワクチンや薬剤の処方内容が異なります。渡航医学を学ぶことは、患者さま一人ひとりの健康と希望に寄り添った、より細やかな医療の提供に結びつくのです。

渡航医学は国際化社会に必要な予防医療

渡航医学では、かかってしまった病気に治療を施す対症療法よりも、未然に防いで「患者にならずに済む」といった予防医療としての考え方が強くあります。この考え方は、今後の日本でとても重要な意味を持っていくことでしょう。

国と国の間を移動すると、普段は想定していないような疾病やケガ、感染症にかかるリスクがあります。そのようなとき、予防から治療まですべて対応できる渡航医学は、人々の安心感につながるはずです。国際化の進む時代、たとえ渡航医学を専門としていなくても医師には渡航医学の基礎知識が求められるでしょう。

ドクタービジョン編集部

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