いま改めて考える「EBMとは」―医師がおさえておきたい、全体像や課題

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医療知識

公開日:2024.06.10

いま改めて考える「EBMとは」―医師がおさえておきたい、全体像や課題

いま改めて考える「EBMとは」―医師がおさえておきたい、全体像や課題

EBM」や「エビデンス」は、現代の医療の基本的な考え方となっています。最新の研究成果に基づいた医療を実践することは、すべての医師の責務とも言えるでしょう。

しかし近年、EBMやエビデンスといった言葉だけが一人歩きし、「EBMの押し付け」「エビデンス偏重」などと指摘されることがあります。これらは本来のEBMの概念や意義が正しく理解されず、一部の側面のみが広まってしまったからではないでしょうか。

この記事では、EBMのはじまりを振り返りながら、全体像をおさらいします。その上で、EBMが抱える問題と今後の課題について考察します。

EBMとは

EBM(evidence-based medicine)とは、「根拠(エビデンス)に基づく医療」であり、「最良の「根拠」を思慮深く活用する医療*1のことです。もっと詳しく、「たんに研究結果やデータだけを頼りにするものではなく、「最善の根拠」と「医療者の経験」、そして「患者の価値観」を統合して、患者さんにとってより良い医療を目指そうとするもの*1、「個々の患者のケアに関わる意思を決定するために、最新かつ最良の根拠(エビデンス)を、一貫性を持って、明示的な態度で、思慮深く用いること*2などと説明されることもあります。

似た言葉に、EBHEBPHなどがあります。それぞれevidence-based healthcare、evidence-based public healthの略称で、「科学的根拠に基づく健康」「科学的根拠に基づく公衆衛生」を意味します。EBMと比較すると、疾病の予防や健康増進策といった不特定多数の人を対象にするという違いがありますが、エビデンスを重視するという点で共通する概念です。

それではEBM、そしてエビデンスとは何なのか、はじまりから見ていきましょう。

EBMのはじまり

「EBM」は、1990年代初めにカナダのGordon Guyatt、David Sackettらによって初めて使われた言葉です。それまで慣習的に進められていた医療に、最新の研究成果を活用するための手法として考え出された概念でした。

この時代は医学の急速な発展とともに、新たな治療法や治療薬が次々に開発されていました。医師たちが優れた医療を追い求める中で、EBMの概念が必要になってきたのです。

現在も世界中で活発に報告される研究成果を吟味・評価し、疾患の診療ガイドラインが作られる際に使われるなど、EBMは私たちの日常診療に多大な影響を及ぼしています。

エビデンスとは

医療におけるエビデンスとは、医療上の選択や判断の根拠となる研究成果のことです。対してEBMはエビデンスを"思慮深く"活用する医療です。エビデンスはEBMの一要素であり、同一の意味ではありません

エビデンスは質の高さや研究デザインによって、レベル1(Ⅰ)から6(Ⅵ)にグレード分けされます。レベル1が最もグレードが高く、「システマティックレビュー」や「ランダム化比較試験のメタアナリシス」といった多くの研究成果を評価しまとめたものが、レベル6は専門委員会や個人の意見などが位置付けられます。エビデンスレベルの高い研究に基づいた成果は、より確かなものとしてEBMの中で重視されることになります。

エビデンスレベル 対象
システマティックレビュー、ランダム化比較試験のメタアナリシス
1つ以上のランダム化比較試験
非ランダム化比較試験
コホート研究・症例対照研究など
症例報告など
専門委員会や個人の意見など

ただし、倫理的・構造的に介入研究を行うことが難しい場合は観察研究がより重視されるなど、求める結果によって適切な研究が異なる場合があります。ランダム化比較試験が常に優れているとは限らないことに注意しましょう。

EBMの実際

それでは、EBMの実際を見ていきましょう。ポイントはEBMを構成する3要素と、EBMの流れです。

EBMを構成する3要素

EBMは、次の3つの要素を統合して医療を提供することを求めています*3,4

  • 最良の研究結果(the best research evidence):エビデンスのことです。前述のとおり、エビデンスはEBMの一つの要素であり、根拠となるものです。
  • 専門的な臨床知識・技能(clinical expertise):医療従事者の専門的な知識・技能・経験もEBMの一つの要素です。エビデンスをどのように患者さんに適用するのかという判断は専門家が行う必要があるのです。
  • 患者固有の価値観と状況(patient's unique values and circumstances):患者さんはそれぞれの価値観を有しており、同じ病状や状況でも選択する医療や行動が異なることがあります。患者さん自身を尊重するという立場もEBMの重要な要素です。
岡山雅信:EBMとは.Jpn J Clin Pharmacol Ther 37(1):3,2006 をもとに筆者作成
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jscpt1970/37/1/37_1_3/_pdf/-char/ja

繰り返しになりますが、EBMはエビデンスがすべてではなく、専門家の判断や患者さん固有の因子によって変化し得るものであることがこの3要素からもわかるのではないでしょうか。

EBMの流れ

EBMを実践する流れは、次の5つのステップ(Step 1~5)に分けられます。順に見ていきましょう。

ステップ 内容
Step 1 疑問の抽出・定式化
Step 2 情報の収集
Step 3 情報の評価(批判的吟味)
Step 4 情報の運用
Step 5 自己評価

Step 1:疑問の抽出・定式化

目の前の患者さんに実践する医療についての情報を集めるには、知りたいこと・調べたいことをはっきりさせる必要があります。臨床上の疑問(臨床疑問)を抽出し、情報収集するための「型」に変換するのがStep 1です。

「型」に変換する、つまり「定式化する」ためには、次の要素を検討します。

  • Patient(患者):患者さんの病名や病状
  • Intervention(介入):何をしたら、どのような介入をしたら
  • Comparison(比較対照):何と比べて
  • Outcome(結果):どうなるか?

知りたいことを以上の型に当てはめることを、4つの要素の頭文字をとって「PICO」と呼びます。

Step 2:情報の収集

Step 1で定式化した疑問を解決するための情報を収集するのが、Step 2です。文献検索を行い、疑問解決に適する論文・研究を収集します。

疑問がPICOの形になっていることで、対応する論文や研究にたどり着きやすくなっているはずですが、すべての原著論文を調べるのは大変な作業です。

そこで、EBMでは二次情報(二次資料)を利用することができます。信頼性の高い情報が収載されていることはもちろん、効率良く情報収集をすることができます。代表的なものは各種ガイドラインや「UpToDate®」などです。

▼参考資料
UpToDate®|Wolters Kluwer

Step 3:情報の評価(批判的吟味)

収集した情報を評価し、吟味するのがStep 3です。研究や論文には、偶然バイアスが含まれていることがあります。統計学の考え方を基に、研究や論文で出されている結論が適切なのか評価します。

情報に対しては受け身になりがちなため、批判的な立場に立って内容を吟味することが効果的です。これを「批判的吟味」と言います。

二次情報の場合、情報の評価や批判的吟味がすでになされていることがあり、効率的にStepを進めることができますが、情報を加工する際に新たなバイアスが生じ得る点に注意が必要です。

Step 4:情報の運用

Step 3までに集めた情報を目の前の患者さんに適用するのがStep 4です。このためにここまでの手順をふんできているのですから、最重要と言えるでしょう。

Step 4の実践で重要なのが前述の3要素、「最良の研究結果」「専門的な臨床知識・技能」「患者固有の価値観と状況」です。研究結果を基に、考えられる医療の選択肢を挙げ、それが実際の患者さんに適切かどうかを専門的見地から慎重に検討し、患者さんの立場になって判断します。

Step 4は、Step 3までに集めたエビデンスと異なる医療を適用する可能性を含んでいます。主治医は自分の意見や患者さん自身の状況を含めて総合的に判断し、ときにガイドラインなどのエビデンスと異なる判断をしなければなりません。それが本来のEBMであるはずなのです。

Step 5:自己評価

Step 5では、Step 1から4の振り返りをして、一連の手順を評価します。必要があれば再度Step 1から立ち返る慎重さが求められます。

EBMが抱える問題・課題

聴診器と論文、錠剤の医学イメージ

EBMが医療の質向上に有効な手法であるのは間違いありませんが、ときに「エビデンス至上主義」と言われたり、患者さんの価値観を軽視していると批判されることがあります。

医師の中には「ガイドラインにこう書いてあるのだから、この治療を選択するべきだ」という考えを持っていたり、そのような話を聞いたりしたことがある方もいるのではないでしょうか。もちろんそれが正しいケースも多いと思われますが、EBM本来の概念から見ると、肝心の運用部分を軽視してしまっているかもしれません。

患者さんそれぞれの価値観や病状・環境を尊重し共有する概念としては、近年SDM(shared decision making)やNBM(narrative-based medicine)という考え方も登場し、注目されています。

EBMとSDM、NBMは、対立するものではありません。EBMにはSDMやNBMにも共通する「患者さんの価値観を尊重する」という考え方が含まれています。いずれも患者さんにとって最良の医療を求めるものである点は共通しています。

しかしながら、多くの医師は「エビデンス」を重視し、SDMやNBMに通じる医療の実践が難しいことを感じていると思います。時間が限られた診療現場で本来のEBM、つまり患者さんの立場を尊重した医療を行うには、専門知識慎重な対応、そして現実的な工夫が必要です。

一つひとつの診療に十分な時間を割くのが難しい場合でも、SDMやNBMの概念を心の中に持っているだけで、普段の振る舞いは変化するはずです。一つの心掛けとして、気に留めておけると良いかもしれません。

まとめ

女性会社員を診察する日本人男性ドクター

EBMの概要と課題について紹介しました。最良の医療を提供するため一生懸命勉強しても、患者さんへの運用を軽視すると、思わぬ失敗をしてしまうかもしれません。「病気ばかり診て患者を診ない」と言われないように、本来のEBMの概念をふまえて、明日の診療に臨みましょう。

Dr.Ma

執筆者:Dr.Ma

2006年に医師免許、2016年に医学博士を取得。大学院時代も含めて一貫して臨床に従事した。現在も整形外科専門医として急性期病院で年間150件の手術を執刀する。知識が専門領域に偏ることを実感し、医学知識と医療情勢の学び直し、リスキリングを目的に医療記事執筆を開始した。これまでに執筆した医療記事は300を超える。

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