医師としてキャリアを築く上で、しばしば話題になるのが「大学病院と市中病院の違い」です。市中病院は一般的に「大学病院以外の病院」を指します。
大学病院は高度先進医療や研究を強みとする一方、市中病院は日常診療や救急対応を中心に、幅広く臨床経験を積める環境が整っています。給与水準や働き方の面でもそれぞれの特色があり、研修医だけでなく、専攻医(後期研修医)や転職を考える中堅医師にとっても大きな選択肢となります。
このコラムでは、市中病院の概要や大学病院との違いを整理し、臨床研修のマッチングから専門医取得、その後のキャリアや働き方も含めて解説します。キャリアのステージに応じた病院選びの参考になれば幸いです。

執筆者:Dr.SoS
市中病院とは
「市中病院」という言葉に厳密な定義はありませんが、一般的に大学病院以外の病院が市中病院に分類されます。
大学病院(多くは特定機能病院)が高度先進医療・教育研究・希少疾患への対応に重きを置くのに対して、市中病院は主に一般的な疾患(common disease)に対応します。
また急性期から状態が落ち着く回復期まで、一人の患者さんを継続的に診療できることも特徴です。救急対応、一般外科・内科入院、内視鏡やカテーテル治療、整形外傷、周術期管理など、診療の流れ全体を俯瞰しながら介入できるため、研修医や専攻医の早期自立につながります。
市中病院の種類
市中病院は総称であり、実態は多岐にわたります。いくつかの切り口に分けて整理してみましょう。
まずは運営母体による分類です。自治体運営の公立病院、日本赤十字社・恩賜財団済生会などの公的病院、医療法人などの民間病院に大別されます。
一方で病院の機能区分に基づく分類もあり、これらは診療内容によって分類されます。
| 医療機能の名称 | 医療機能の内容 |
|---|---|
| 高度急性期機能 |
|
| 急性期機能 |
|
| 回復期機能 |
|
| 慢性期機能 |
|
厚生労働省「令和7年度病床機能報告 報告マニュアル1(基本編)」pp.3-4より抜粋・引用(報告に関する各種注釈を割愛)
https://www.mhlw.go.jp/content/001308159.pdf(2025年11月17日閲覧)
この機能区分からもわかるように、市中病院は急性期から回復期、在宅復帰まで含めた地域医療の循環を支える存在と言えます。
市中病院を臨床研修や専門研修先として探す場合、運営母体としては公立・公的病院、機能区分としては高度急性期〜急性期病院が対象となることが一般的です。
大学病院と市中病院の違い

ここからは大学病院と市中病院の違いについて、掘り下げていきましょう。
大学病院の特徴
一般に大学病院には、以下のような特徴があると言えます。
- 診療に加えて、教育・研修、研究を行う
- 専門分化により、希少疾患を扱うことが多い
- 所属する医師数が多いため、年収や待遇で不利になりやすい
大学病院は医学部を有しており、診療、教育・研修、研究という3つの役割を担っています。とくに教育面では、医学部の学生に対する講義や臨床実習(ポリクリ)を実施することが、大学病院の重要な役割です。
また、大学病院の多くが高度医療を提供する特定機能病院であることや、診療と研究の双方を行う関係上、診療で扱う疾患もcommon diseaseから外れ、希少疾患や難治性疾患が多い傾向にあります。希少疾患の患者さんを集約して新たな知見を追求したり、臨床試験を実施したりするなど、研究的な側面は大学病院の大きな役割と言えるでしょう。
一方で、診療科目や分野が高度に専門分化されており、common diseaseを一貫して診る機会は少ない傾向にあります。たとえば、希少疾患の患者さんが最初から大学病院を受診するケースは稀で、大半は近隣の病院やクリニックから紹介されて受診します。状態が落ち着けば、再度紹介元の医療機関に戻る「逆紹介」となることも多いでしょう。
教育機関であることから、所属する医師の人数が多いことも、大学病院の特徴です。そのため症例が分散し、一人あたりの手技や経験症例数は少なくなる傾向があります。また、年収面では市中病院より低い傾向があるなどのデメリットも挙げられます。
働き方改革の観点で、医師同士や他職種との「タスク・シフト」の導入が進んでいますが、診療と直接関係のない業務(雑務)を医師が担うケースが多いことも、大学病院の傾向としてしばしば指摘されます。
これまでの議論の整理(案)|文部科学省 第4回今後の医学教育の在り方に関する検討会(2023年8月)
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市中病院の特徴
それでは、市中病院の特徴を見ていきましょう。大学病院との対比で考えると、このようなことが挙げられます。
- 診療業務を中心とする
- 一般的疾患への対応力が幅広く身に付く
- 年収が高い傾向にある
市中病院では、地域住民の健康や暮らしを支えるため、患者さんの診療を重視することが基本方針と言えます。研修医や専攻医が在籍する病院では教育・研修も実施されますし、臨床研究が盛んな病院もありますが、業務の主体が診療であることは間違いないと言って良いでしょう。
大学病院とは異なり、対応はcommon diseaseが多くなります。また、大学病院よりも医師の人数が少ない傾向にあるため、研修医や専攻医を含め、早い段階から主体的に診療にかかわることになります。基本的な診療経験や手技(末梢点滴確保、中心静脈確保、気管挿管など)も多く経験できるため、臨床力や判断力を磨ける環境と言えるでしょう。
年収面においては、大学病院より市中病院の方が高い傾向にあります。
臨床研修・マッチングで市中病院を選ぶポイント

臨床研修先となる病院選びは、その後のキャリア形成に大きな影響を与えます。とくに市中病院は大学病院と比べて豊富な臨床経験と実践的な学びを得やすい反面、病院ごとの特色に差があるため、マッチングの段階での見極めが重要です。
ここでは、市中病院を選ぶ際に注目すべきポイントを整理します。
研修プログラムの構成
研修プログラム、とくにローテーションの組み方や救急外来の比重は、病院によって大きく異なります。
ローテーションの組み方では、「自由選択枠」がどの程度設けられているかを確認しましょう。志望する診療科を意識した研修を受けられるかどうかにかかわるためです。プログラム全体が自分の目標に合うかどうかを判断することも大切です。
規模の小さな市中病院では、常勤医が存在しない診療科を研修医がローテートできないケースも少なくありません。希望する診療科が決まっていない場合は、幅広い選択肢が取れる病院を選ぶ方が安心と言えるでしょう。
また、救急外来は医師の人数が限られることもあり、研修医の主体的な活躍が求められる場です。救急車の受け入れ件数が多い病院では、当直や初期対応を通じて短期間で数多くの症例を経験できる一方、負担も大きくなる点に注意が必要です。
症例数・指導体制
先述のとおり、市中病院の魅力の一つは、研修医が早い段階で、主体的に診療や手技にかかわれることです。
症例数の多さだけでなく、指導体制が整っているかも重要です。
具体的には、指導医がマンツーマンで就くのか、屋根瓦方式で上級医がサポートするのか、フィードバックがどの程度行われているのか、などが挙げられます。手技についても、たとえば縫合を自分で行った後に上級医からチェックを受けることで、成長が早くなります。
経験できる"数"だけでなく、より"質"の高い研修を受けられるかどうかを見極めましょう。
働きやすさ・待遇
市中病院は大学病院に比べて、給与水準が高い傾向にあるのが特徴ですが、実際の給与は病院ごとに異なります。研修の年次(1年次・2年次)によっても変動するため、事前に確認しておくことが大切です。
加えて、以下のような給与以外の待遇面は、研修生活の快適さにも直結します。
- 当直明けの勤務の扱い(完全免除・半日勤務・通常勤務)
- 時間外労働の申請ルール
- 学会参加費用の補助
- 生活環境(宿舎や職員食堂、院内保育など)
臨床研修だけでなく、専攻医期間も同じ病院で研修を継続するケースも少なくありません。給与や待遇面は長期的に学びを続ける上で無視できない要素なので、しっかりと確認しておきましょう。
病院見学で確認したいこと
パンフレットや募集要項だけでは病院の実態はわかりません。実際に見学に行き、以下の項目を確認すると良いでしょう。
- 当直時に研修医がどこまで裁量を持てるか
- 手技はどの程度研修医に任されているか
- フィードバックは日常的に行われているか
とくに、先輩研修医の声を聞くことは大切です。医学部6年次に見学に行く場合、そのとき研修医1年目の先生は同じ研修医という立場で一緒に働くことになるため、参考になるでしょう。
専攻医以降に市中病院で勤務するメリット
臨床研修を終えた後は、「市中病院で専攻医として働くか」「大学病院に戻るか」という選択が大きなテーマになります。
市中病院を選択する場合、大学病院よりも研究や学位取得の機会は限られることが多いですが、臨床力を鍛え、地域で求められる医師像を築くためには有利な環境と言えます。具体的なメリットを見ていきましょう。
専門医取得に必要な症例を効率良く経験できる
市中病院は救急・病棟・手術・内視鏡など日常診療のボリュームゾーンを多く抱えているため、各学会の専門医要件を満たす症例を短期間で集中的に経験できることが大きな利点です。
とくに救急対応や基本的な手術・処置を実践する機会が多いため、診療科を問わず早期から、主体的に診療にかかわることができます。
地域での開業を見据えた勤務ができる
将来、開業を考えている場合は、周辺の市中病院で勤務しておくことは非常に有意義と言えるでしょう。理由は以下のとおりです。
- 地域の患者層を理解できる:どの年齢層・疾患が多いか、自身の専門とする診療科のクリニックがどこにあるかなど、地域の医療ニーズを把握できる。
- 紹介・逆紹介の関係を築ける:将来、紹介や検査依頼が期待できる。
- 地域での顔が広がる:救急対応やカンファレンスを通じて、かかりつけ医や地域医療機関との信頼関係を構築できる。
このように市中病院での勤務が、その地域での"ブランド作り"の第一歩になります。大学病院中心のキャリアでは得にくい「地域とのつながり」が、開業時の強力なアドバンテージとなるかもしれません。
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学会発表・研究の機会もある
「市中病院=研究ができない」というイメージを持たれることもありますが、実際には症例報告や後ろ向き研究、多施設共同研究などのチャンスはあります。
さらに、社会人大学院制度や大学病院との共同研究を利用することで、学位取得を目指す道もあります。市中病院で臨床経験を積みながら、大学や学会活動と連携して研究を進める「ハイブリッド型キャリア」も選択肢の一つとなります。
市中病院の実績をどう評価するか?
市中病院は、大学病院よりも数が圧倒的に多いため、市中病院での勤務を検討する場合は、なんらかの"基準"を設けて勤務先を絞り込んでいくのが現実的です。
ここでは、病院を評価するための具体的な指標について考えてみましょう。
病床数・平均在院日数
病床数は、病院の規模感を知るための入口指標となります。多いほど各科がそろい、当直体制やコメディカルの人数も厚くなりやすい一方、医師一人あたりの経験症例数や手技機会が減る可能性もあります。医師としての総合力を広く培うか(ジェネラリスト志向)、あるいは特定の分野を深く追求するか(スペシャリスト志向)、自分の専門志向と照合することが大切です。
平均在院日数や病床稼働率も、参考になる数値です。平均在院日数が短い場合は、急性期で効率的に診断・治療を行い、早期の転棟・在宅復帰を実現できているサインとなり得ます。
ただし、これは自院に回復期・地域包括ケア病棟があるか、あるいは近隣に適切な受け入れ先(連携先)が存在するか(積極的に受け入れてもらえるほど急性期病院の平均在院日数は短くなりやすい)など、さまざまな要因が絡み合う数値です。一つの指標だけで判断するのではなく、複数の数値や観点で総合的に評価することが大切です。
病院報告(令和7年4月分概数)|厚生労働省
平均在院日数の算定方法|全国保険医団体連合会
推計新規入院件数、推計平均在院日数及び推計1入院当たり医療費 ~入院医療費の3要素分解~|厚生労働省
救急車受け入れ・外来受診者数など
研修医や専攻医として勤務する市中病院を検索する場合は、救急外来に関する数値も重要な指標です。救急車の受け入れ件数や、救急外来の受診者数などを調べることが評価の手がかりとなります。
ほかに、診療科が外科系であれば手術件数、産婦人科であれば分娩件数、小児科であれば小児救急件数など、診療科に応じた該当項目を参考にすると良いでしょう。
各診療科の常勤医師数
特定の診療科にどの程度常勤医が在籍しているかを調べることも、病院を評価する上で役立ちます。たとえば、救急外来に救急専門医が常駐している病院は、救急外来に力を入れていると考えられます。
一方で、常勤医が存在せず、非常勤医のみで外来を行っている診療科が存在する病院もあります。このような場合は、当該診療科で充実した研修を行うことは難しいと考えられるでしょう。
まとめ

今回は、市中病院の概要について見てきました。市中病院は一般に"非大学病院"の総称であり、多くの病院が含まれます。医師が勤務先として「市中病院か大学病院か」を悩むのは、とくに臨床研修のマッチングや専門研修先を選択するタイミングではないでしょうか。
市中病院は大学病院と比べて診療業務に重点が置かれ、主体的に診断や治療・手技にかかわりやすいこと、給与水準の高さなどが特徴です。一方で、専門医や学位の取得など、学術的な側面については、大学病院よりも機会が限られる傾向にあるでしょう。
市中病院を比較するときは、まず診療実績や手術件数を確認してみると良いでしょう。その上で病院見学の際に、当直体制や指導・フィードバックの有無などについて詳細を確認することが望ましいです。
自身のキャリアパスを十分に考えた上で勤務先を選ぶことが、後悔のない選択につながるでしょう。このコラムが市中病院での勤務について、理解を深める一助となれば幸いです。



