「幸福なキャリアは常に現状を疑い、悩み続けた先にある」<消化器外科医・石井洋介先生>

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インタビュー 著名人

公開日:2021.06.21

「幸福なキャリアは常に現状を疑い、悩み続けた先にある」<消化器外科医・石井洋介先生>

「幸福なキャリアは常に現状を疑い、悩み続けた先にある」<消化器外科医・石井洋介先生>

多様化する医師のキャリア。近年では臨床だけには留まらない医師も増えてきました。自身の闘病経験をきっかけに消化器外科医としてキャリアをスタートさせた石井洋介【いしい ようすけ】先生は、現在、起業家、在宅医、日本うんこ学会会長とマルチに活躍されています。大腸がん啓発を目的に開発したスマートフォンゲーム『うんコレ』はSNSを中心に話題となりました。

従来の医師の枠に留まらないキャリアを積んできた石井先生がキャリア選択で大切にしてきたこととは? 医師のキャリア選択のヒントをうかがいます。

外科医として手技を磨いてもすべての患者さまは救えない

外科医として手技を磨いてもすべての患者さまは救えない

石井先生の医師としてのファーストキャリアは消化器外科医だとうかがっています。ご自身が潰瘍性大腸炎を患ったことが消化器外科医を志したきっかけだそうですが、実際に消化器外科医として働き始めていかがでしたか?

15歳で潰瘍性大腸炎を患い、19歳でつけた人工肛門の閉鎖術を受けた病院(横浜市立市民病院)で消化器外科医として働き始めたときは「これで自分の夢は叶ったな」と思いました。過去の自分のように病気で苦しむ人を助けられるんだと、希望に満ちていましたね。でも実際に目の当たりにしたのは、過酷な現実だったんです。それが日々担当する大腸がんの症例でした。

早期発見・治療ができていれば助かったかもしれないけど、受診した時にはすでに手遅れで命が救えないことが何度もありました。私がどれだけ手術の腕を磨いたとしても、患者さまが早く治療を受けなければ助けられません。どうしたら早く大腸がんの兆候に気づいてもらえるんだろうと悩みました。

その課題を解決するために開発したのが『うんコレ※』なんですね。

はい。いくら大腸がんは危険な病気だという知識だけを伝えても、健康な人は自分が病気になるまではなかなかその重大さに気づけません。意識を変えられないのなら無理に変えようとせず、とにかく行動だけでも変わったらいいんじゃないかと思って開発したのが『うんコレ』です

※うんコレ......腸内細菌を擬人化したキャラクターを操りながら敵を倒していくソーシャルゲーム。課金ではなく、便の状態を観察・報告する「カンベン」により、強いキャラクターやアイテムを手に入れることができる。

『うんコレ』は、日々の便の状態を記録することでストーリーが進むゲームですね。便の観察とゲームをリンクさせようと思ったきっかけは何でしょうか?

楽しみながら行動を変えられるのがゲームだと思ったことです。「潰瘍性大腸炎を患う前の自分はどうしたら行動を変えられたんだろう......」と考えたときに、ゲームや漫画などのコンテンツに入っている知識だったら自然と触れられたなと思って。

モチベーションのきっかけはゲームでいいキャラを手に入れたいからだとしても、結果として便の状態を観察してくれるようになればそれでいいのではないかと思いました。そうした日々の便観察で異変を感じることができたら、検診や病院を受診してもらえれば、結果として早期発見につながりますから。

実際に『うんコレ』ユーザーのなかで大腸がんを見つけられたケースはありましたか?

ユーザーご本人ではまだ報告はなく、ユーザーのご家族の大腸がんの早期発見につながったケースはありました。『うんコレ』をプレイしてもらったことで自然と大腸がんの知識を身につけられて、ご家族が何気なく漏らした「最近、便がおかしいんだよね」という一言を聞いて大腸がんの可能性に気づけたと感謝の連絡をもらいました。

ゲームを通して、医師が直接介入しなくても受診につながる事例を作れているんですね。

そうですね。コミュニティがあると互助の力が働いて、自然と関心を持ち続けられるのではと考えていて、いまはゲーム内のユーザー同士でコミュニティを作り、長期的に便や大腸がんについて関心をもってもらえるような仕組み作りをしています。加えて、私が動画配信やSNSなどでみなさんの便に関する悩みや質問に答える機会も作っています。

多くの命を救うには? 病院の外を飛び出して見えた世界

多くの命を救うには?

石井先生は研修医時代に「コーチレジ」という活動で地域医療に携わった経験を活かして、厚生労働省の医系技官としてのキャリアを積んでいらっしゃいます。臨床の現場から医療政策へと大きなキャリアチェンジをするにあたり、迷いはありましたか?

厚生労働省の医系技官について声をかけてもらったときは、消化器外科医としてある程度スキルや経験が身につき始めて、仕事が面白く感じていた時期でした。なので、正直一度メスを置くことに迷いはありました。でも、医系技官として働けば、臨床医として働くよりも広い視点で地域医療をよくすることができるんじゃないかと思ったんです。

医療には大きく3つ、臨床、経営、政策の層があると習いました。それぞれの意思決定層で、やっていることも視点も異なります。より多くの命を救うにはどうすればいいんだろうと考えたときに、臨床力を上げる以外にも経営力や政策力など幅広い能力を身につけることで、医療という世界の見え方が変わるんじゃないか。そう思えたことで、入省を決意できました。

入省されてからはどのような仕事に従事されたのでしょうか?

最初は地域医療計画課で地域医療構想のガイドライン作成に携わりました。日本の現在の医療状況や今後の状況を各データから算出・推計したことで、いまの日本の医療を俯瞰的に見ることができて、日本全体の医療像に関する議論に参加できたことは一生の財産です。

その次は老健局という、介護保険などを扱う部署でデータ分析やテクノロジーに関する仕事を行いました。そのなかで地域包括ケアに関する政策を立てていたんですが、自分が急性期医療の現場しか知らなかったため、「そもそもこの政策は現場で実現可能なものなのだろうか」と現場に対してイメージがわかないこともありました。

ご自身で政策を作りながら、その実現可能性に疑問を抱いたんですね。

そうですね。地域包括ケアは、地域住民の互助の力を活用して必要以上の医療資源を使わないようにしていける社会を目指す思想があります。けれど、当時の自分は病院の外の世界を知らない。それで病院の外の世界を見てみたいと思い、医系技官の任期を終えた後には、予防医療、夜間外来、そして在宅医療と、病院の外に出る道を選びました。

在宅医療を始めてから新たに気づいたことはありましたか?

病院外での患者さまの生活や生き方を知れたことは大きな発見でした。消化器外科医として急性期病院で働いていたときは、搬送されてくる患者さまに対して「どうしてこんなに具合が悪くなるまで放っておいたんだろう」という気持ちがあったんです。でも、実際に在宅医として間近で患者さまを診ていると、病状が良くなったり悪くなったりを短い期間で何度も繰り返している。生活を知ることで早期に調子が悪くなる予兆を見つけて早めに対処できるのが、かかりつけ医や在宅医療なんだと。より早期に資源を使わずに病状悪化を食い止めるための役割の重要性やよさに気づくことができました

在宅医療に携わって、病院を受診する前の症状把握や、退院後のケアなどについて深い知見を得られたんですね。

急性期の現場にいると、患者さまが今までどういう生き方をしていて、どういう人生を送りたいということまでは聞ききれなかったなと思っています。在宅医療なら生活の部分も含め一気通貫して患者さまを診ることができるので、患者さまの生活に寄り添った早期予防や豊かな最期を迎えるためにより良い選択肢を考えられる点がいいなと感じています

たとえば、私が在宅で診ていたある患者さまは、癌による消化管の圧迫と腹水による圧迫でお腹が張ってしまい、食事が取れない状況だったのですが、「最期は自分が好きなご飯を食べたい」と希望されていました。そこで腹水穿刺という方法があること、寿命を縮めるリスクもあり最近はやらないことも多いが、希望に応えられる可能性があると伝えたところ、患者さまは腹水穿刺を希望され、最期まで好きな食事を摂れました。その方は数日後に亡くなりましたが、消化器外科医として培った知識やスキルを患者さまの希望を叶える形で使えたことはキャリアが無駄にならなかったと思える出来事でしたね。

患者さまにとって最良の医療選択をする鍵は「多様な視点」

患者さまにとって最良の医療選択をする鍵は「多様な視点」

石井先生は、消化器外科医から官僚、そして在宅医とさまざまな場所で多彩なキャリアを積んでいらっしゃいます。先生がキャリア選択の際に大切にしていることは何でしょうか?

キャリアの途中でぶつかった課題に対し、真摯に取り組み深堀りしていくことです。消化器外科医時代に救えなかった患者さまをきっかけに『うんコレ』を開発したり、厚生労働省で働いていた頃に解決できなかった課題を在宅医療で実践したり。医師として働くなかで感じた課題や、「もっとうまくできたんじゃないか」という後悔を解消するために学び、キャリアチェンジをしてきました。現場で起こった課題に対して悩み続けることで、いいアイデアが浮かんできて次のアクションにつながるということを繰り返している感じです。

人によっては、私のキャリアはまとまりのないように見えるかもしれません。でも、どのキャリアを選択する際にも「より多くの人を幸せにするためにはどうしたらいいのか?」ということは忘れないようにしてきました。さまざまなキャリアを通じて培った「多様な視点」が、患者さまにとって最良の医療を選択することに活きていると感じています。

手技を磨くことや専門医を取得することももちろん医師のキャリアの一つですが、病気を治すこと以外のスキル、たとえばデジタルヘルスやコミュニケーションデザインといった私が習ってきたスキルも、これからの医師のスキルとして役立つと信じています

キャリアは自分の人生を豊かにするためにある

キャリアは自分の人生を豊かにするためにある

石井先生はロールモデルが少ないなかでキャリア選択をされてきました。後悔しないキャリアを選択するために重要なことは何だと思いますか?

現状を常に疑い続けること、そして悩み続けることだと思います。自分は悩み続けてきたからこそ、後悔のない選択ができていると感じています。

そもそもキャリアって自分の人生を豊かにするためにあると思うんです。

悩んで選んだ過程のすべてが自分の人生を豊かにする可能性があると思えると、無駄なキャリアって何もないですよね。ちょっと横道にそれるような人生設計になったとしても、最終的により面白い景色が見れたらいいなと思って選択し続けることが大事なんじゃないかと思います。

現状を疑って、解決できる方法を探して、悩んで、実践して......を繰り返していくといつのまにか自分だけのキャリアになっている。そうして形作ったキャリアは、外からの評価や意見だけで選んだキャリアよりも頑張って続けていけるんじゃないかなと。

昇給や昇進のような外部評価に依存するキャリアは、長い目で見るとあまり幸福度が高まらないんじゃないかな、と個人的に思っています。それよりも自分がやりたいことや解決したいことを軸に置いたほうが周りの評価に縛られなくなりますし、幸福なキャリアにつながる気がしています

常に悩んで、課題解決のために行動し続けることが結果として幸福なキャリアにつながるんですね。最後に、若手医師の方にメッセージをお願いします。

この記事を読んでくださっているみなさんには、患者さまのことを本当に考えたときにいまやろうとしていることが最善の選択なのか疑って立ち止まれるようになれるといいのかなと思います。

医師なら誰しも、患者さまの役に立ちたいと考えて仕事をしていると思いますが、あまりにも患者さま第一になりすぎて自分や仲間を犠牲にするのは、よい選択ではないと思います。たとえば、患者さまへ一生懸命になるあまり働きすぎたり周囲に威圧的な態度をとったりすると、パフォーマンスが下がって結果的によい医療を提供できなくなってしまうことがありますよね。全体最適を意識できるといいと思います。また欲を言えば、もし今ある選択肢の中によいものがなければ、もっとよい新たな選択肢を創り出せる人を自分は目指していきたいと思っています。

あとは、人生のなかで「自分が背負えるもの」を決めて大事にすること。私は大腸がない人生と「うんこ」の旗印を背負っているんですけど(笑)。流行りにとらわれずに、これなら自分は一生頑張れそうだなということを見つけて覚悟を決めて取り組めると、よい人生になるんじゃないかなと思いますね。ぜひ自分らしい旗を掲げていって欲しいです。

まとめ

従来の医師の枠にとらわれず、さまざまな挑戦を続けながら自らのキャリアを切り拓いてきた石井先生。「現状の課題と向き合い悩み続けること」が幸福なキャリアにつながることを教えてくれました。多忙な生活のなかで新しい領域に踏み出すことは大変難しいことではありますが、自らの人生を俯瞰し、テーマとなるような事柄を定めることが理想のキャリアへの第一歩となるはずです。

石井洋介先生の写真

石井洋介(いしい・ようすけ)先生

2010年高知大学医学部卒。横浜市立市民病院炎症性腸疾患科、厚生労働省医系技官などを歴任。大腸がんの早期発見を目指したゲーム「うんコレ」の開発・監修を手がける。現在は、在宅医療を展開する「おうちの診療所 目黒」を運営し、株式会社omniheal代表取締役、秋葉原内科saveクリニック共同代表、一般社団法人・高知医療再生機構特任医師などを兼務。著書に『19歳で人工肛門、偏差値30の僕が医師になって考えたこと』(PHP研究所)などがある。

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ドクタービジョン編集部

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