プレコンセプションケアとは?―医師が知っておきたい、いま日本に必要な理由―

医師がキャリアや働き方を考える上で参考となる情報をお届けします。
医療業界動向や診療科別の特徴、転職事例・インタビュー記事、専門家によるコラムなどを日々の情報収集にお役立てください。

医療知識

公開日:2023.11.29

プレコンセプションケアとは?―医師が知っておきたい、いま日本に必要な理由―

プレコンセプションケアとは?―医師が知っておきたい、いま日本に必要な理由―

「プレコンセプションケア」はコンセプション(受胎、妊娠)前に行うケアのことで、政府の『成育医療等基本方針』にも記載されるなど、近年注目が高まっている概念です。妊娠可能年齢の女性はもちろんのこと、病気を抱えている人や男性も含め、幅広い人を対象としたケアが求められています。

この記事は医師の方々に向けて、プレコンセプションケアの概要や目的、いま日本で必要とされる理由など、科を問わず医師が知っておくべき内容について具体例を交えながら紹介します。

プレコンセプションケアとは

健康な赤ちゃんを授かるためには、妊娠前からの健康管理が重要です。プレコンセプションケアとは、女性やカップルに将来の妊娠のための健康管理を提供する取り組みを言います。

政府の『成育医療等の提供に関する施策の総合的な推進に関する基本的な方針』(以下、成育医療等基本方針)に盛り込まれたり、医学教育においても最新の医師国試出題基準(令和6年版)に記載されたりと、注目されている概念です。

世界と日本におけるプレコンセプションケア

プレコンセプションケアは2006年、CDC(米国疾病管理予防センター)により「"女性"の医学的、行動的、社会的リスクに介入し妊娠関連のアウトカムを改善する取り組み」として提唱されました。2012年にはWHO(世界保健機関)が、「"妊娠前の女性とカップル"に医学的、行動的、社会的な保健介入を行うこと」と定義しています。

日本の場合、『成育医療等基本方針』で「男女を問わず、相談支援や健診等を通じ、将来の妊娠のための健康管理に関する情報提供を推進する」と定められています。さらに2023年3月の改正で、プレコンセプションケアの目的や内容がより詳細に規定されました

【生育医療等基本方針におけるプレコンセプションケアの記載】
■令和2年版
  • 男女を問わず、相談支援や健診等を通じ、将来の妊娠のための健康管理に関する情報提供を推進するなど、プレコンセプションケアに関する体制整備を図る。特に、若年女性の痩せは骨量減少、低出生体重児出産のリスク等との関連があることを踏まえ、妊娠前からの望ましい食生活の実践等、適切な健康管理に向けて、各種指針等により普及啓発を行う。[p.17より]
■令和5年版
  • 不妊、予期せぬ妊娠、性感染症等への適切な相談支援や、妊娠・出産、産後の健康管理に係る支援を行うため、男女ともに性や妊娠に関する正しい知識を身に付け、健康管理を行うよう促すプレコンセプションケアの推進を含め、需要に適確に対応した切れ目のない支援体制を構築する。[p.13より]
  • 思春期、妊娠、出産等のライフステージに応じた性と健康の相談支援等を行う「性と健康の相談センター事業」の推進等により、男女を問わず、性や妊娠に関する正しい知識の普及を図り、健康管理を促すプレコンセプションケアを推進する。特に、若年女性の痩せは骨量減少、低出生体重児出産のリスク等との関連があることを踏まえ、妊娠前からの望ましい食生活の実践等、適切な健康管理に向けて、各種指針等により普及啓発を行う。[p.19より]
厚生労働省「成育医療等の提供に関する施策の総合的な推進に関する基本的 な方針について」(令和3年2月9日閣議決定)/「成育医療等の提供に関する施策の総合的な推進に関する基本的な方針の変更について」(令和5年3月22日閣議決定)より引用
https://www.mhlw.go.jp/content/11908000/001076349.pdf

ケアの対象として、妊娠を控えた女性やカップルだけでなく「思春期、妊娠、出産等のライフステージに応じた」という文言が入ったことが、大きなポイントと言えそうです。専門家の間では、プレコンセプションケアについて「前思春期から生殖可能年齢にあるすべての人々の身体的、心理的および社会的な健康の保持および増進」という定義が提案されており*1対象や取り組みの内容が徐々に拡大されようとしていることがわかります。

プレコンセプションケアの目的

プレコンセプションケアには次の3つの目的があります。

①若い世代の健康を増進し、より質の高い生活を実現してもらうこと
②若い世代の男女が将来、より健康になること
③①の実現によって、より健全な妊娠・出産のチャンスを増やし、次世代の子どもたちをより健康にすること

厚生労働省「SMART LIFE PROJECT」webサイトより引用
https://www.smartlife.mhlw.go.jp/event/womens_health/2021/lecture2

妊娠、出産に関わることだけでなく、若い世代の健康全体に関わる内容であることがわかります。国立成育医療研究センターの荒田尚子先生は、「若い男女がより健康になって輝き続けるために、広い意味での『プレコンセプションケア』が必要である」と述べています*2

プレコンセプションケアが必要な理由

ここからは、プレコンセプションケアがなぜいま日本で必要とされているのかを見ていきましょう。医師が知っておきたい「病気を持っている人へのプレコンセプションケア」についてもふれます。

健康な妊娠・出産のため

プレコンセプションケアは次のリスク因子に対して、リスク軽減の効果があると報告されています。

イソトレチノイン(ビタミンA誘導体) ②飲酒 ③抗けいれん薬 ④妊娠前の糖尿病 ⑤葉酸欠乏 ⑥B型肝炎 ⑦HIV/AIDS ⑧甲状腺機能低下症 ⑨母体のフェニルケトン尿症 ⑩風疹抗体陰性 ⑪肥満 ⑫経口抗凝固薬 ⑬性感染症 ⑭喫煙

このようなリスク因子を抱えている人は少なくないはずです。皆さんが担当する患者さんの中にも、該当する方は多くいらっしゃるのではないでしょうか。

健康な妊娠や出産、そして生まれてくる子どものために、プレコンセプションケアが必要なのです。

日本社会の健康課題への対策のため

プレコンセプションケアは、世界的には妊産婦の死亡率や子どもの周産期死亡率を改善させるための取り組みとして進められてきました。日本の場合、2021年の母体死亡率は10万出生あたり2.5人、2021年の子どもの周産期死亡率は1,000出生あたり3.4人と、世界的に低い水準にあります。ではなぜ日本でプレコンセプションケアが必要とされているのでしょうか。

日本社会が抱える健康課題の一つに、低栄養や低活動性による、若い女性のやせの増加があります。その結果、日本で生まれる赤ちゃんの体重も減少傾向になっています。低出生体重児の増加は子どもの健康問題と直結する可能性があることが知られています(逆に肥満による妊娠合併症の増加という問題もあります)。

また、女性の社会進出が進む中、社会構造の変革や対応が追いつかず、女性の晩婚化や出産年齢の高年齢化という問題も生じています。高齢出産は妊娠、出産、そして生まれてくる子どもに対してリスクとなります。

さらに、日本では性と生殖に関する教育が国際標準に達していないという指摘があります。HPVワクチン接種率やがん検診率の低さ、葉酸接種率(サプリ摂取)の低さ、妊娠前後の女性の喫煙率の高さなどが、それを物語っています。

こうした社会課題に対応するためにも、日本にはプレコンセプションケアの概念が必要と言えるのです。

病気を持っている人の安全な妊娠・出産のため

妊娠は母体に負担をかけるため、病気を持っている人が妊娠継続をためらってしまうことがあります。とくに心疾患や脳血管疾患を持つ人の妊娠は命にも関わるため、妊娠自体を諦めている方も少なくないでしょう。

国立循環器病研究センターでは、心疾患や脳血管疾患の患者さんや、前の子どもが先天性心疾患を持っている患者さんを対象に「プレコンセプションカウンセリング外来」を設けています。ここでカウンセリングを受けることで、次のようなメリットを享受できます。

  • 不要な妊娠中絶を避ける(妊娠の可能性を検討できる)
  • 妊娠中制限される検査を事前に実施し、妊娠リスクを詳細に評価できる
  • 安全な妊娠のため、事前の治療可能性を検討できる

心疾患や脳血管疾患に関わらず何らかの病気を持っている人にとって、プレコンセプションケアはとくに重要と言えます。

プレコンセプションケアの取り組み

プレコンセプションケアは、地方自治体や医療機関などで実施されます。たとえば健康情報の発信、健康相談の支援などです。

徳島県保健福祉部健康づくり課では、保健所に相談窓口を設けているほか、プレコンセプションケアに関するリーフレットをインターネット上でも公開しています。このリーフレットでは、運動や食事・喫煙・飲酒など生活習慣に関する情報や、健康診断・感染症予防・葉酸摂取、女性の卵子の数の変化といった妊娠に関わる情報を提供しています。

国立成育医療研究センターは2015年、日本で初めての専門施設「プレコンセプションケアセンター」を開設しました。専門医と管理栄養士による健診やカウンセリング、妊娠・出産に関する不安や病気に関するオンライン相談(プレコン相談)などを行っています。また「プレコン・チェックシート」というツールを使い、妊娠前の推奨事項を具体的に紹介しています。

プレコンチェックシート女性用

プレコンセプションケアセンター(国立成育医療研究センター)webサイトより(2020年11月改訂版)
https://www.ncchd.go.jp/hospital/about/section/preconception/pcc_check-list.html

男性に対するプレコンセプションケア

妊娠は女性だけの問題ではありません。前述の通り、プレコンセプションケアの対象には男性も含まれています。CDCのwebサイトでも、プレコンセプションケアとして男性の健康維持の重要性にふれられています。

先ほど紹介した「プレコン・チェックシート」には男性用もあります。具体的に何をすれば良いのか、大いに参考になるでしょう。

プレコンチェックシート男性用

プレコンセプションケアセンター(国立成育医療研究センター)webサイトより(2020年11月改訂版)
https://www.ncchd.go.jp/hospital/about/section/preconception/pcc_check-list.html

まとめ

妊婦,若い夫婦,マタニティ,白背景

今回は、プレコンセプションケアの概要や目的、具体的な内容など、医師が広く知っておくべきことを見てきました。プレコンセプションケアは産婦人科や小児科だけでなく、すべての科の医師が関わる可能性があります。普段、性や妊娠を扱う機会の少ない科でも、その内容や動向を把握しておきましょう。

Dr.Ma

執筆者:Dr.Ma

2006年に医師免許、2016年に医学博士を取得。大学院時代も含めて一貫して臨床に従事した。現在も整形外科専門医として急性期病院で年間150件の手術を執刀する。知識が専門領域に偏ることを実感し、医学知識と医療情勢の学び直し、リスキリングを目的に医療記事執筆を開始した。これまでに執筆した医療記事は300を超える。

今の働き方に不安や迷いがあるなら医師キャリアサポートのドクタービジョンまで。無料でご相談いただけます