SDH(健康の社会的決定要因)とは?医師が知っておきたいポイントを解説

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医療知識

公開日:2023.10.31

SDH(健康の社会的決定要因)とは?医師が知っておきたいポイントを解説

SDH(健康の社会的決定要因)とは?医師が知っておきたいポイントを解説

医師の皆さん、SDH(健康の社会的決定要因)という言葉をご存知でしょうか。健康の背景に社会的要因が存在することを示す単語で、近年その重要性が取り上げられる機会が増えています。

今回は、SDHの概要、医師がSDHを理解すべき理由、日常臨床への取り入れ方など、医師が知っておきたいポイントを解説します。

SDHとは

SDHはSocial Determinants of Healthの頭文字を取った単語です。日本語では「健康の社会的決定要因」などと訳され、病気の背景には生物学的な要因だけではなく、社会的要因(教育・就業・生活環境・社会環境など)が存在するということを示す言葉です。近年注目が高まり、医学教育などにも取り入れられるようになっています。

SDHの種類

世界保健機関(WHO)は、SDHを以下の10項目に分類しています。

①社会格差 ②ストレス ③幼少期 ④社会的排除 ⑤労働 ⑥失業 ⑦社会的支援 ⑧薬物依存  ⑨食品 ⑩交通
出典:WHO健康都市研究協力センター ほか「健康の社会的決定要因 確かな事実の探求」(第二版)
https://www.tmd.ac.jp/med/hlth/whocc/pdf/solidfacts2nd.pdf

これらの背景にあるキーワードの一つが「貧困」です。貧困は健康的な食事や生活習慣を維持する能力を低下させ、病気にかかるリスクを高めることから、健康に最も影響を及ぼす要素とされています。

また、上記の10項目を支える重要な要素として「教育」があります。健康に関する教育や啓蒙・啓発が行き届いていない人は、健康に関する情報に触れたり、健康的な選択肢を認識したりする機会が少なくなりやすいため、健康状態の悪化につながる恐れがあります。

SDHが健康に与える影響

実際、SDHが人々の健康にどのくらい影響するのか、米国4州のデータを分析した研究があります*。それによると、医療体制や診療の質が健康に影響した例は20%に過ぎず、収入・教育・雇用・家族や社会の支え・地域の安全が影響した例は40%、健康に影響する生活習慣は30%、環境因子(上水・大気の質、気候変動など)は10%でした。これらはいずれもSDHです。

食生活や運動習慣、喫煙、飲酒などの生活習慣は、生まれ育った環境や生活状況で成されます。こうした環境も含むSDHが、私たちの健康に大きく影響していることがわかる研究報告です。

医師に求められるSDHの理解

医師は相対的に裕福な家庭の出身者が多いと考えられており、具体的にデータでもそのことが読み取れます。たとえば滋賀医科大学の調査によると、医学科に所属する学生の4割近く(39.0%)は、家庭年収が1,000万円以上でした。同時期の日本の所得平均は545.7万円(より実態を反映しやすいとされる中央値は423万円)で、所得1,000万円以上は12.6%に過ぎませんから、医学生の家庭年収の水準はかなり高いと言えます。

滋賀医科大学は国立大学で、6年間の学費は約350万円と決して高いわけではありませんが、それでもこのような傾向があります。私立の医学部では6年間の学費が2,000~4,000万円ほど必要な場合もあり、より家庭年収が高い学生が多いと言えるでしょう(もちろん、標準的な年収水準の家庭で育った人や、自分で学費を稼いで医学部に通っている人も多数います)。

一概には言えませんが、裕福な家庭では貧困を身近に感じる機会が少ないため、貧困が重要なウエイトを占めるSDHへの理解や対応が疎かになる恐れがあります。そのような人はとくにSDHについて意識的に学ぶことが必要でしょう。

卒前教育や臨床研修への導入

セミナーを受講する医療関係者

SDHを重視する考えが広まっていることもあり、学生や研修医の教育でSDHが取り上げられるようになっています。

まず、医学生の卒業時の到達目標を示す『医学教育モデル・コア・カリキュラム』では、平成28年度の改訂で初めて「社会構造(家族、コミュニティ、地域社会、国際化)と健康・疾病との関係(健康の社会的決定要因(social determinant of health))を概説できる」という学修目標が加わりました。さらに令和4年度の改訂版では、「基本理念と背景」に、人口構造の変化や医師偏在などの問題と共に「健康格差」が取り上げられました

SDHについては、具体的な学修目標や方略の中で「患者の健康観や病いに対する価値観を理解するうえで、健康に関わる知識(定義、健康寿命、健康生成論、ウェルビーイング、QOL、SDH、ICF、UHC等)を活用し、健康問題に対する包括的アプローチが実践できる」ことや、「診断・治療(のみ)を問うのではなく、遡及的に背景・経緯を探り、SDHの視点から、なぜその患者がそのような状況になったのか考察を行う」ことなど、複数の箇所でSDHに触れられています。

これに呼応する形で、医師国家試験の必修項目としてもSDHが加わっており(令和6年版医師国家試験出題基準)、SDHが医師に必須の知識になったことがわかります。

また、初期研修プログラムの一環として、SDHを理解するためのカリキュラムを取り入れている病院もあります。群馬県の利根中央病院では2021年度から、生活環境や労働と疾病罹患との関係性について理解することや、地域の特性に起因する課題への解決策を考えること、持続可能な社会のあり方について考えることを目的とする研修が行われています。

このように、医師がSDHを理解することが重要であるという認識が広まってきています。

SDHへの対応方法

ではSDHに対して、臨床現場ではどのような対応を取れば良いのでしょうか。

社会全体で進めるべき取り組み

WHOは、SDHへの対応として下記3つを推奨しています。

  1. 生活環境の改善
  2. 不公正な資源分配の是正とそのための組織連携
  3. 健康格差の測定とそれに対するあらゆる取り組みや政策の影響評価
出典:WHO,Closing the gap in a generation: health equity through action on the social determinants of health - Final report of the commission on social determinants of health.2008
http://who.int/social_determinants/thecommission/finalreport/en/
(和訳:日本プライマリ・ケア連合学会の健康格差に対する見解と行動指針 第二版.
https://www.primary-care.or.jp/sdh/fulltext-pdf/pdf/fulltext.pdf

日本では上記をふまえ、2015年に医療科学研究所が「健康格差対策の7原則」を提案しています。

①課題共有 健康格差を縮小するための理念・情報・課題の共有
②配慮ある普遍的対策 貧困層など社会的に不利な人々ほど配慮を強めつつ、すべての人を対象にした普遍的な取り組み
③ライフコース 胎児期からの生涯にわたる経験と世代に応じた対策
④PDCA 長・中・短期の目標設定と根拠に基づくマネジメント
⑤重層的対策 国・地方自治体・コミュニティなどそれぞれの特性と関係の変化を理解した重層的な対策
⑥縦割りを超える 住民やNPO、企業、行政各部門など多様な担い手をつなげる
⑦コミュニティづくり コミュニティづくりをめざす健康以外の他部門との協働
出典:医療科学研究所「健康格差対策の7原則」(Ver.1.1)
https://www.iken.org/project/project01/files/17SDHpj_ver1_1_20170803.pdf

これらは地域コミュニティや社会全体で対応が必要な内容です。

個人でできる取り組み

私たち医師が日常臨床に取り入れることができる取り組みとしては、経済状態を尋ねるスクリーニング、制度をリスト化した経済支援ツールなどがあります。

経済状況に関するスクリーニングには、下記のような質問が役立ちます。いきなりすべてを質問することは難しいですが、問診でこうした質問を挟むことで、患者さんの背景に存在するSDHに気付くことができるかもしれません

  • この1年間で、医療費の支払いに不安を感じたことはありますか。
  • この1年間で、給与や年金の支給日前に暮らしに困ることがありましたか。
  • この1年間で、経済的な理由であなたやご家族が病院や歯科に受診するのを控えたことがありますか。
  • 現在の暮らしの状況は経済的に見てどのように思われますか。
  • 趣味やささやかなぜいたくを楽しむための経済的な余裕はありますか。
「健康の社会的決定要因(SDH)教育ポータル」より引用
https://sdhproject.info/how-to/

そのほかのツールとして、日本HPHネットワークが作成した「医療・介護スタッフのための経済的支援ツール」や、カナダ家庭医協会が作成したガイドブック『医師のためのベストアドバイス』の翻訳版などがあります。必要時に活用してみてはいかがでしょうか。

まとめ

SDHは人々の健康を左右する重要な要素です。SDHを改善することは、個人の健康だけでなく、社会全体の健康課題の解決にもつながります。重要な概念ではありますが、医師は相対的に裕福な家庭の出身者が多く、SDHに関する理解が進みづらい面もあるため、まずは医師一人ひとりがSDHについて学び、臨床に活かす意識を持つことが大切と言えます。この記事がSDHを理解する一助となれば幸いです。

竹内 想

執筆者:竹内 想

大学卒業後、市中病院での初期研修や大学院を経て現在は主に皮膚科医として勤務中。
自身の経験を活かして医学生〜初期研修医に向けての記事作成や、皮膚科関連のWEB記事監修/執筆を行っている。

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