保険医療機関の大きな収入源となっている「診療報酬」。診察や検査・処置などの診療行為に点数を定め、報酬が支払われる仕組みであり、社会情勢に合わせて定期的に見直されています。原則として2年に1回改定されており、2026年は、改定が行われる年度です。
この記事では2026(令和8)年度の診療報酬改定の注目ポイントについて、現時点でわかっていることを概説します。
診療報酬関連情報|厚生労働省

執筆者:Dr.SoS
2026年度診療報酬改定の実施スケジュール
診療報酬改定は、原則として2年に1回、偶数年に実施されます。以前は4月の改定が通例でしたが、後述する「診療報酬改定DX」という施策の一環で、2024年度からは原則「6月1日」に実施されることになりました。
そのため2026年度診療報酬改定も「2026年6月1日」ごろに実施されると考えられます。
診療報酬の改定は、単に点数を見直すだけでなく、医療政策全体の方向性を反映する重要な制度設計です。そのため、施行の1年以上前から議論が始まり、時間をかけて改定内容が固まります。
改定の中心的な役割を担うのは、厚生労働省の諮問機関である中央社会保険医療協議会(中医協)です。診療側(日本医師会など)と支払側(健康保険組合など)の代表が会議に出席し、点数配分や評価項目の改定について協議します。
2026年度改定の場合、2025年4月から夏ごろにかけて実態調査を進め、2025年秋には個別事項について検討することになっています。
例年の流れに沿えば、その後は2026年1月末に、いわゆる「短冊」の公開、2月に答申の実施(具体的な点数公開)、3月に疑義解釈資料の公開、4月1日の薬価改定が行われる形になると思われます。
医療機関側は2025年の後半から、改定の方向性に注目し、必要に応じてレセプトソフトや診療体制の準備を進めていく必要があります。
前回の診療報酬改定からの2年間に、医療計画の改定(第8次医療計画の開始)や、地域医療構想の見直しなど、国の施策の変化・進展もあります。2026年度の診療報酬改定の内容に、これらの動向が反映される可能性も高いでしょう。改定の背景にある国の政策意図を汲み取ることが、現場にとっても重要と言えます。
医療DXの更なる推進について|厚生労働省
└p.23 診療報酬改定DX対応方針
入院・外来医療等の調査・評価分科会 今後の検討事項とスケジュール(案)|厚生労働省 令和6年度第3回入院・外来医療等の調査・評価分科会(2025年3月)令和7年度調査の方針について(案)|厚生労働省 令和6年度第3回入院・外来医療等の調査・評価分科会(2025年3月)
▼関連記事はこちら
2024年度診療報酬改定の注目ポイントは?わかりやすく解説
2026年度診療報酬改定の背景とポイント
ここからは、2026年度診療報酬改定への影響が予想される社会背景や、本稿執筆時点でわかっている改定ポイントについて紹介します。
物価高への対応
2026年度の診療報酬改定において注目されるのが、近年の物価高にどのように対応するかという点です。新型コロナウイルス感染拡大後の経済回復、エネルギー価格の高騰、円安の進行などにより、日常生活で物価の上昇を実感している先生も多いのではないでしょうか。
消費者物価指数の上昇と、賃上げへの転換
一般家計に関連する物価の指標となるのが、消費者物価指数(CPI)です。日本のCPIは1995年ごろから2020年までほぼ横ばいで、長くデフレの状況にありました。
しかし、2020年以降はCPIが上昇し、2025年には2020年比で10%を超えました*1。簡単に言うと「モノやサービスの値段が1割増しになった」ということです。日本銀行の定めるインフレ目標(インフレターゲット)は年2%なので*2、5年で10%は決して高すぎる数値ではありませんが、長くデフレ下に置かれていた日本人からすると、急激な物価高と感じ、とまどう人が多かったのではないでしょうか。
モノやサービスの価格上昇に対して、賃金の上昇はすぐには起こりませんでした。結果として、名目賃金をCPIで割って算出する「実質賃金」は、2023年ごろまでマイナス傾向で推移しました。
そこで政府は2023年末から民間企業の賃上げ促進を掲げ、ベースアップが実現する企業も増えてきました。この結果、2024年の冬には実質賃金もプラスに転じています*2。
医療現場におけるコストの上昇と、賃上げへの転換
医療現場でも近年、コストの上昇が大きな問題となっています。
たとえば、電気代や医療材料費の値上がりは、都市部・地方を問わず経営状況に影響を与えています。看護師・医療事務職などの人件費も上昇傾向にあり、従来と同じ医療サービスを提供するためには、より多くのお金が必要な状況です。
しかし、医療業界の重要な収益源である診療報酬は「公定価格」のため、サービスの提供にコストがかかるようになったからといって、各医療機関が勝手に医療費を値上げすることはできません。
こうした情勢をふまえ、2024年度の診療報酬改定では「ベースアップ評価料」として2.3%を目途とした賃上げや、入院基本料の引き上げが実施されました。入院時の食費も640円から670円になりましたが、その後も食材費の高騰は続いており、現在は1食あたりさらに20円引き上げられ、690円となっています。
これで医療機関の収支は十分に改善しているかと言うと、そうではないようです。日本病院会などによる病院経営状況の調査結果によると、2024年度の診療報酬改定後に病床利用率は上昇傾向を示しているのに対し、医業利益率や経常利益率は悪化していることがわかりました。医業利益や経常利益が赤字の病院が60%以上にのぼることも判明しています*3,4。この調査を受け、日本医師会と6病院団体は2025年3月、「物価・賃金の上昇に適切に対応する新たな仕組み」の導入を訴えています。
現在公開されている厚生労働省資料でも「賃上げや処遇改善等については秋以降に議論予定」となっていますが、このような動きをふまえると、診療報酬改定でも医療従事者の賃金上昇に対応した施策の導入が検討されるのではないでしょうか。とくに看護師・薬剤師・介護職などの多職種連携を担う人材の確保・処遇改善は、医療・介護の持続可能性を支える重要な柱と考えられます。
一方で、増大する医療費を抑制すべきという考えも当然強く、すべてのコスト上昇を診療報酬に反映させることができないジレンマも存在します。今後は、限られた財源の中で「優先順位をどこに置くか」が問われる改定になるのではないでしょうか。
医療機関を取り巻く状況について|厚生労働省 第607回中央社会保険医療協議会総会(2025年4月)
消費者物価指数(CPI)|総務省統計局
2020年基準 消費者物価指数 全国 2025年(令和7年)5月分(2025年6月20日公表)|総務省統計局(*1)
2%の「物価安定の目標」|日本銀行
毎月勤労統計調査 令和6年分結果速報|厚生労働省(*2)
令和6年度診療報酬改定について|厚生労働省
賃金・物価の上昇に応じて適切に対応する新たな仕組みの導入等を求める合同声明を公表|日本医師会 日医on-line(*3)
2024年度診療報酬改定後の病院経営状況|全日本病院協会(*4)
▼関連記事はこちら
医療費適正化計画とは?―第四期【2024~2029年度】の内容を中心に解説
新たな地域医療構想、医師偏在対策、医療DX推進との整合性
2026年度診療報酬改定では、診療行為の評価に加えて、国が推進している医療政策との整合性がはかられると予想されます。
なかでも「地域医療構想」「医師偏在対策」「医療DX」は2024年の「骨太の方針」にも盛り込まれるなど、国を挙げて重視しており、診療報酬によってその実現を後押しすることが見込まれます。
2024年度から運用されている「第8次医療計画」や、2025年の「骨太の方針」でも同様の方向性が示されており、国の方針は一貫していると言えます。
経済財政運営と改革の基本方針2024|内閣府
経済財政運営と改革の基本方針2025|内閣府
▼関連記事はこちら
【2024年度開始】第8次医療計画とは?―基本方針と改訂ポイント、自治体の具体例
「新たな地域医療構想」に沿った、医療提供体制の再構築
地域医療構想は、将来の人口減少・高齢化を見据えて、病床機能の適正化や在宅医療の推進などを目的とした国の方針です。もともとは2015年に始まった「病床数の調整」を主軸とする制度で、2025年がターゲットイヤーとなっていましたが、2040年およびその先を見据えた「新たな地域医療構想」が2024年末に取りまとめられました。
この「新たな地域医療構想」では、増加する在宅医療需要への対応や、医療の質・医療従事者の確保が掲げられています。
このような背景で実施される2026年度の診療報酬改定では、地域包括ケア病棟や在宅医療における点数評価が見直され、地域の需要に即した医療資源を配分できるよう、改めて問われるのではないでしょうか。"急性期から回復期・在宅へ"という流れを強化する形で、診療報酬が調整されることが予想されます。
また、各地で急増している高齢患者の救急搬送例の点数評価も、今回の改定で注目されるポイントの一つと考えられます。
「地域医療構想」とは?概要や策定経緯、2040年に向けた新たな取り組みを解説
医師偏在対策と勤務環境の是正
医師偏在の是正も、繰り返し議論されてきた課題です。都市部と地方の医師数格差は依然として大きく、医療アクセスの不均衡は医療政策上も喫緊の課題と位置付けられています。先述した「新たな地域医療構想」を検討する過程においても、医師偏在(医師不足)に関する議論が進められました。
2026年度の診療報酬改定では、地域医療に従事する医師や、地域医療を志す若手医師の確保を目的とするインセンティブ設計が盛り込まれる可能性があると考えます。地域支援病院や医師確保計画対象地域の診療点数加算、地域枠の医師の評価などが、検討案件になるのではないでしょうか。
また、2024年から本格導入された「医師の働き方改革」に関連するタスク・シフト/シェアの推進、医師の長時間労働の是正を進める上でも、診療報酬制度の役割が問われます。
医療DXとデータ活用の加速
近年、政府は「医療DX」の推進に力を入れています。なかでも「診療報酬改定DX」は、医療DXの3本柱の一つとされています。
マイナンバーカードを保険証として活用する「オンライン資格確認」、電子処方箋の導入など、すでに始まっている取り組みもありますが、今後は電子カルテ情報の標準化・共有化も進められる予定です。
医療DXの推進は、医療の質の向上だけでなく、医療現場の業務効率化や医療安全の観点からも重要です。2024年度診療報酬改定では「医療DX推進体制整備加算」が新設され、電子処方箋を発行できる体制を施設条件として、算定できるようになりました。その後も見直しが行われ、2025年4月からはマイナ保険証の利用率に応じた点数傾斜が付けられています。
2026年度の改定では、DXを活用する医療機関への加算措置や評価指標の新設などが、さらに検討されるのではないでしょうか。
医療DXについて|厚生労働省
医療DX進体制整備加算及び在宅医療DX情報活用加算の見直し|厚生労働省 第603回中央社会保険医療協議会総会(2025年1月)
▼関連記事はこちら
医療DXの現状と展望―「令和ビジョン2030」の概要、進まない理由も考察
「診療報酬改定DX」とは?4つのテーマや実施スケジュールを解説
オンライン資格確認とは?導入義務化の背景や開始に必要な手続きを解説
医療技術の評価
診療報酬改定では毎回、「医療技術の評価」が重要なテーマとなります。2026年度改定においても、新たな医療技術の評価や既存技術の見直しを通して、診療行為の点数設定や加算要件に反映されることが予想されます。
とくに注目されるのは、医療の高度化とコスト抑制のバランスです。新しい診断技術や治療法が次々と登場する中、それらが診療報酬上でどのように位置付けられるかは、導入の判断に直結します。前回の改定では、AIを活用した大腸内視鏡検査の画像診断支援システムや、ロボット支援手術などが対象となりました。
今後は、AI医療機器、遺伝子関連検査、治療アプリ(DTx)など、次世代の医療技術が焦点になると想定されます。ただし、新技術を無制限に評価すれば医療費が膨らむため、エビデンスや費用対効果が重視されます。診療ガイドラインなどに記載されているか、当該技術で医療費削減・アウトカム改善効果がどの程度見込めるか、といった観点が重要です。
たとえば、各学会からは以下のような提案が出されています(本稿執筆現在)。
- コンピューター断層撮影時の画像解析ソフトによる脂肪面積(内臓脂肪・皮下脂肪)測定(日本肥満学会)
- 薬疹発症リスク判定目的のHLA遺伝子検査(日本臨床薬理学会・日本TDM学会・日本人類遺伝学会・日本痛風・尿酸核酸学会)
- 頭痛ダイアリーによる片頭痛の遠隔治療支援技術(日本頭痛学会・日本小児神経学会・日本神経治療学会)
- 上部消化管内視鏡検査(AI診断支援あり)(日本消化器病学会・日本癌治療学会)
内科系学会社会保険連合「【集計用】令和8年度改定最終提案書一覧」より抜粋・引用
https://www.naihoren.jp/activity/1551/(2025年7月8日閲覧)
医療技術の評価は単なる点数の話ではなく、医療の質・持続可能性、患者アウトカムにも関わる大切な内容です。私たち医師は、日々の診療で利用する技術や治療法がどのように評価されるか、常にアンテナを張っておくことが求められます。
令和8年度診療報酬改定に向けた医療技術の評価方法等について(案)|厚生労働省 第604回中央社会保険医療協議会総会(2025年2月)
令和6年度診療報酬改定の概要【費用対効果評価制度】(令和6年3月5日版)|厚生労働省
令和8年度社会保険診療報酬改定最終提案書|内科系学会社会保険連合
▼関連記事はこちら
医療AIとは?現場で期待される役割、国の施策や倫理的課題を医師が考察
がんゲノム医療・がん遺伝子パネル検査とは?現状と課題、取り組み事例を紹介
デジタルセラピューティクス(DTx)とは?「治療用アプリ」「デジタル薬」とも呼ばれる特徴と現状
デジタルヘルスとは?注目される理由と課題、事例を現役医師が解説
まとめ
今回は2026年度診療報酬改定について見てきました。前回の診療報酬改定以降、物価高を肌身で感じた人も多かったのではないでしょうか。医師の給料の重要な源泉は診療報酬ですが、公定価格のため容易には変更されません。一方で、税制面では配偶者控除・配偶者特別控除の改正(2018年)や基礎控除・給与所得控除の改正(2020年)、住宅ローン控除(住宅借入金等特別控除)の改正(2022年)があったほか、2025年には高額療養費制度の見直しが話題になるなど、年収レンジの高い層には厳しい風が吹いていると言えます。
医療費の抑制は重要ですが、医療従事者の所得が下がり過ぎてしまっては、働き手の不足、ひいては医療体制の維持が困難となるおそれもあります。2026年度の診療報酬改定は、これらのバランスが求められる改定と言えるでしょう。今後の動向にも注目です。
診療報酬関連情報|厚生労働省