災害大国・日本の医師が知っておきたい災害医療の基本

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医療知識

公開日:2020.09.24

災害大国・日本の医師が知っておきたい災害医療の基本

災害大国・日本の医師が知っておきたい災害医療の基本

近年、日本では頻繁に豪雨や台風、地震などによる大規模災害が起こっています。そんな災害大国・日本だからこそ災害が発生したときに対応できる医師の存在が求められます。

また、昨今では新型コロナウイルス感染症の世界的な流行にともない、災害医療現場でも厳密な感染症対策が必要です。そこで今回は、医師として知っておくべき災害医療の基本について詳しく解説します。

災害医療とは?

災害医療イメージ

災害医療とは、地震、台風、豪雨などの自然災害や大規模事故、テロなどの災害発生時に、医療の需要が供給よりも上回った状態で行われる医療のことです。時間や医療資源が限られる中で行われるため通常の医療と異なるうえ、様々な傷病者に対応する必要があります。災害大国である日本では、近年、災害医療が重要視されてきました。ここでは、災害医療の役割と災害医療を担う医療チームの1つである「DMAT」について見ていきましょう。

災害医療の役割

災害医療は過酷な状況のなか、できるだけ多くの「救える命を救う」ことが最も大きな役割です。そのためには、いかに適切に「救える命」か否かを見極め、限られた医療資源を適切に分配していけるかがカギとなります。

大規模な災害は家屋や道路などの破損にとどまらず、命に関わるような緊急性の高い重症外傷患者が続出します。発見時にすでに死亡していたり、集約的な治療を行っても救命できる可能性が極めて低い患者さまも少なくありません。さらに、災害時は平常時とは異なり、医療物資や医療従事者が限られた状況です。停電や断水などが生じるケースもあります。

また、災害医療は災害が発生したばかりの緊迫した現場のみを担うのではありません。災害が発生した後は、避難所での生活など通常とは異なる状況に置かれることによる基礎疾患の悪化、血栓症など被災後に起こりやすい疾患の発症など様々なリスクがともないます。このように、災害による直接的な外傷が原因ではないものの、その後の避難所生活などが原因となって生じる病気や、過労によって命を落とすことを「災害関連死」と呼びます。東日本大震災で災害関連死に至った方は3739名にも上るとされており(2019年9月30日時点)近年の災害医療の場では災害関連死を予防することにも関心が高まっています。また、PTSDなど精神的な疾患を発症する方も多く、できるだけ早い段階から適切な治療を開始することが望まれます。

その他にも、妊婦や透析患者など継続的な医療の必要がある方を被災地外の医療機関につないでいくことも災害医療の役割の1つと言えるでしょう。災害医療といえば、極めて重篤な外傷を負った患者さまを救命する...というイメージが強いかもしれません。しかし、災害医療は緊急性の高い外傷への対応だけでなく、災害後に起こりうる様々な問題への適切な対応も大切な役割なのです。

災害医療で活躍する「DMAT」とは?

災害が多発している昨今、ニュースなどでも災害医療の場で活躍する「DMAT」と呼ばれるチームを耳にする機会も増えてきました。DMATとは、災害救助法に基づいて派遣される医療救護班のなかで、災害が発生して48時間以内の緊急時に適切な医療を行うチームのことです。基本的には、医師1名・看護師2名・業務調整員(事務員)1名の4名で構成され、DMAT 隊員になるには専門的な研修や訓練を受ける必要があります。

災害が発生すると、全国の医療機関で結成されているDMATは出動準備を行い、各都道府県の要請によって出動し、現地に到着したDMATは被災地の災害拠点病院の指示に従って現場での即時的な治療や広域医療搬送などの業務を担います。

日本にはDMAT以外にも、災害後の精神科医療を担う「DPAT(災害派遣精神医療チーム)」、適切な医療資源の分配を指揮する「DHEAT(災害時健康危機管理支援チーム)」などの医療救護班も結成されており、災害医療の充実に必要な活動を幅広く行っています。

災害医療と救急医療の違い

災害医療と救急医療は同じく「緊急性の高い診療」が求められる点は類似していますが、双方には決定的な違いがあります。救急医療が十分な医療資源と人員が確保され、冷静な判断ができる状況である点に対し、災害医療は医療資源が乏しいなかで、多数の傷病者から1人でも多くの命を救うことを求められる点です。

平常時の救急医療であれば、医療機関で治療可能な人数の患者さまのみを万全の体制で受け入れることができ、患者さまに考えうる限りの医療を提供することが可能です。一方、災害医療は医療資源が乏しいうえ、軽症者から重症な傷病者までを一度に多数受け入れる必要があります。医療機関自体も被災しているため、必ずしも十分な医療を提供できる体制が整っているわけではなく、限られた時間・人員・資機材を最大限に活用する医療が求められるのです。そのため、普段から救急医療に携わっている医師であっても、災害医療の現場では右往左往してしまうといった状況は決して少なくないでしょう。

災害医療での重要な「3Ts」とは?

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災害医療では、短時間で救命できる可能性のある重傷者か否かを選別し、適切な医療を提供する必要があります。最大限の医療を提供しても救命できる可能性が極めて低い傷病者に限って医療を提供したり、緊急性の低い傷病者の治療を優先的に行ったりすることは避けなければなりません。

このような特殊な状況下で診療を行う際に意識しなければならないのが、いわゆる「3Ts」です。それぞれどのような意味があるのか詳しく見てみましょう。

Triage(トリアージ)

トリアージとは、フランス語で「選別」という意味の言葉です。災害医療の第一関門となるのはこのトリアージとされています。緊急性が高く、治療によって救命可能と考えられる傷病者を正しく選別することにより、1人でも多くの命を救うことができるようになるのです。災害現場では、迅速に正確なトリアージができるよう訓練された医師、看護師、救急隊員などが傷病者の重症度に合わせて次のような色分けをします。

・黒色:すでに死亡している、生存していたとしても救命できる可能性は極めて低い
・赤色:命の危機に瀕した状態であり、速やかな救命治療が必要である
・黄色:治療を要する外傷や疾患はあるが、数時間程度の待機が可能である
・緑色:緊急性はなく、軽度な治療が必要であったとしても待機が可能である

Treatment(治療)

災害現場では、医療機関に搬送するまでに急変の可能性がある方や命を守るための処置が必要な方に対して、応急的な治療を行うことが求められるケースも少なくありません。具体的には、止血や気道確保、骨折部位の固定などの処置、気胸に対する胸腔ドレナージ、ショック状態にある傷病者や圧挫症候群が疑われる方などに対する補液治療があげられます。

Transportation(搬送)

トリアージで赤色と判断された傷病者に対して現場での応急処置が終了したら、早急に本格的な救命治療を行うための医療機関に搬送しなければなりません。災害医療では、単に傷病者に医療を提供するだけでなく、患者さまに必要とされる治療と受け入れ先の医療機関の特性、搬送までにかかる時間などを正確に判断し、それぞれに適した搬送を指揮することが求められます。

災害医療における感染症対策

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災害医療では、平常時とは異なる迅速な判断力や行動力など様々なスキルが必要です。さらに、昨今の新型コロナウイルス感染症の流行により、災害医療の現場は厳密な感染症対策が求められています。まず、災害医療の場では傷病者が感染者であることを想定し、マスクやガウンの着用、手指消毒など徹底した標準的感染対策が基本となります。感染者が多い地域では、状況に応じて防護服などが必要となるケースも少なくないでしょう。

また、診療の際には、いわゆる「3密」を避け、換気や患者間の距離などにも注意を払うことが大切です。状態が安定してからも入院中は健康状態に留意し、感染症の疑いがある症状がある傷病者には適切な検査を実施することも必要となります。災害医療は通常でも医療従事者に様々な負担が生じますが、現場での感染症拡大は何としても避けなければなりません。そのためには、平常時と同じく徹底した感染対策を行うことが求められます。

災害医療に携わりたいと思ったら

毎年のように全国で多くの災害が発生する日本において、災害医療を担うことができる医師は非常に貴重な人材といえます。自身が災害を経験した、災害医療を題材とするドラマにあこがれた...など災害医療に携わりたいと考える医師も多いでしょう。

しかし、災害医療は平常時の医療とは全く異なるスキルが要求されるため、特殊な訓練が必要になります。医師であれば誰もが災害医療の場で活躍できるわけではありません。災害医療を目指す方は、次の研修や資格を目指すのがおすすめです。

DMAT研修を受ける

災害医療の場で活躍するDMAT隊員になるには、厚生労働省の定める「日本DMAT隊員養成研修」などの専門的な研修・訓練を受ける必要があります。研修の対象者は救命救急センターや災害拠点病院に勤務する医師・看護師・業務調整員(事務員)で、4日間(事前に自治体の研修を受けた場合は2.5日)の研修や訓練を受けます。そのため、DMAT隊員になるには、DMATチームに関係する医療機関への所属が必要です。

診療科は問わない

災害医療では幅広い疾患や外傷に対応する能力が求められるため、基本的に医師の診療科が問われることはありません。ですが、緊急性のある診療に長けた救命救急科、整形外科、脳神経外科などの診療科の医師は、災害現場で活躍しやすいと言えるでしょう。とはいうものの、災害時の適切な対応ができれば診療科は問われません。普段緊急性のある診療を行っていない医師も、訓練と研修を積めば十分に災害医療に対応できます。

災害医療は訓練を積めばどの医師でも携わることが可能

大雨、台風、地震など様々な災害が起こる日本において、災害医療は非常に需要が高い医療の1つです。災害医療の場では、限られた人員・資機材を最大限に活用して1人でも多くの命を救うことが求められます。災害医療に携わる医師には、平常時の医療とは異なる迅速性や行動力が必要です。そのため、適切な災害医療を行える医師になるには、相応の訓練や研修を積んでいかなければなりません。

災害医療では普段から緊急性のある診断・治療を行う診療科の医師が活躍するケースが多いですが、基本的に医師の診療科は問われません。緊急性のある現場に慣れていない医師であっても、訓練を積めば災害医療に携わることも十分に可能です。これから災害医療に携わりたいと考えたら、DMAT研修を受けられる条件に合う医療機関に就職するなど、希望するキャリアを積んでいくようにしましょう。

ドクタービジョン編集部

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