臨床医・産業医・AI開発支援・ライター。1つじゃなかった「私らしい働き方」の現在地 <循環器内科医・福田芽森先生>後編

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インタビュー 著名人

公開日:2023.04.11

臨床医・産業医・AI開発支援・ライター。1つじゃなかった「私らしい働き方」の現在地 <循環器内科医・福田芽森先生>後編

臨床医・産業医・AI開発支援・ライター。1つじゃなかった「私らしい働き方」の現在地 <循環器内科医・福田芽森先生>後編

慶應義塾大学循環器内科に入局し、現在も循環器内科医として臨床を続けておられる福田芽森先生。臨床と並行して2019年からスタートアップ企業でのAI医療機器の開発に参画。また、ベンチャー企業約10社の産業医として産業医面談や安全衛生委員会へ参加するなど、労働衛生や健康管理にも関わっていらっしゃいます。
ほかにも、Yahoo!ニュースなどで専門知識を分かりやすく届けるサイエンスライターとして執筆を手掛け、京都大学の公衆衛生学教室にも所属するなど、多彩な顔を持つ福田先生。これからの働き方やキャリア形成にお悩みの方に向けて、福田先生が「私らしい働き方」を叶えるために大切にしていることを伺いました。

臨床医・産業医...興味をきっかけに広がった複数のキャリア

福田先生は臨床医・産業医・企業勤務と多くのキャリアを同時進行されていますが、複数のお仕事をどのように配分されていらっしゃるのでしょうか?

最近でいうと企業のAI開発に携わる時間が多く、その次に産業医、臨床、その他といった配分が基本です。ただ、必要に応じて注力する分野を調整する時期も当然ありますので、柔軟に時間を使ってやりくりしていますね。あまりスケジュールを固定して考えてはいません
実際にあった1週間のスケジュールを例に挙げると、
・月曜日:産業医と企業勤務がメイン、間に研究
・火曜日:終日臨床業務
・水曜日:企業勤務がメイン、間に産業医と研究
・木曜日:終日企業勤務
・金曜日:午前は産業医、午後は企業勤務
・土曜日:午前は企業勤務
...といった感じです。
仕事の前後や隙間時間は社会活動に充てています。

日々行うことがさまざまでお忙しいのではないですか?

いえいえ。スケジュールがガラッと変わることもあるし、「土日丸々休む」という週末もありますよ。
社会活動として行っているサイエンスライターや研究、また企業でのAI開発も、固定の曜日があるわけではないので、臨機応変に組み合わせながらやっています。

臨床医として循環器内科で働き続ける理由

お忙しいなかでも、臨床医としての顔を持ち続けていらっしゃるのには何かこだわりがあるのでしょうか?

臨床については、他のキャリアを築いていきながらも細く長く続けていきたいと考えています。やっぱり現場で感じられることは他では感じられない、替えが利かないという感覚が大きいです。この臨床での視点が、私の仕事すべてに役に立っていると感じています。

「仕事すべてに役立つ」とは、具体的にどのように役立つのでしょう?

日常的に医療に関わっていると忘れがちなのですが、本来、医療は社会と密接に繋がっているもの。保険制度や薬機法などの仕組みはもちろん文化や地域などにも影響を受けて、医療は生き物のように変化しています。患者さんと直接向き合うのも臨床現場です。ですから、臨床現場でしか感じられないことがあります

なるほど。現場ならではの視点があるということですね?

そうです。臨床医をしているからこそ、医療機器開発や研究、産業医といったお仕事でも私の価値を発揮できている部分があると思っています。
現場の視点を持つ存在であり続けたい。ですから、医療現場には細くても長く、ずっと関わり続けたいと思っています。

確かに、臨床の最前線である現場での経験は貴重ですね。

あともうひとつ、臨床の経験を途切れさせたくない理由があって...。
飛行機や電車で急病人が出て「お医者さんはいますか?」といったような場面をドラマなどでよく見ると思うのですが、もし実際にそんな場面があった時、動ける医師でありたいんです
知識のアップデートもそうですが、現場を離れると身体の動かし方も忘れてしまう。だから、突発的な事態においても医師として適切な行動ができるように備えておきたいです。

循環器内科医だからこそ拓けた、産業医という道

産業医という領域に入られたのは、どのようなきっかけだったのでしょうか?

循環器内科で診る患者さんは危機的な状況から劇的に助かる方も多いのですが、手の施しようのない状態で運ばれている方もいらっしゃいます。
心臓や血管は突然発症したように見えても、そこまでの積み重ねがあるのです。たとえば、高血圧とか糖尿病とか脂質異常症。ほかにもタバコなど、徐々に進行させるような原因があることが多いです。

いわゆる生活習慣病ですね。

はい。ですから、予防が大事だというのはすべての循環器内科医が感じていることだと思います。では、病院に来る前の健康な人にアプローチをするには?と考えた時に、病院の外に出て活動する必要があると思うようになりました。

病院の外で、生活に関わらないと予防はできないということですね。

そうです。病院の中からできる予防ももちろんありますが、病院の外に出れば、まだまだ手遅れではない状態で生活習慣などを改善してもらえる。できることの範囲が広がると思ったのです。
それで、医師になって5年くらいしてから、病院外の活動で何かできることはないかと模索し始めました。勉強会に参加したり、産業医の仕事をしたり、セミナーを開催したこともあります。

開催されていたのはどのようなセミナーだったのですか?

2~3カ月に1回のペースで、「死」について語りあえる文化を構築しようというセミナーを開催していました。一見ネガティブなことのように見えるかもしれませんが、死について考えることは生きることについて考えるのと同じだと思うのです。

確かにそうかもしれません。それがきっかけで臨床以外の現場に携わるようになられたのですね。

はい。病院外の活動というのは1つ1つ違うものなのですが、自分としては同じ発想が起点になっています。

産業医のお仕事はどのような経緯で始められたのでしょうか?

最初は、何も伝手がないので、仲介業者や産業医をやっている先生にご紹介いただいて、産業医としての経験を積んでいきました。

▼topic:産業医として診療を始めるには
産業医となるための要件は、医師であることに加え、労働者の健康管理等を行うのに必要な医学に関する要件を満たした知識を備えた者でなければならないとされています(労働安全衛生法第13条第2項)。産業医の要件を満たすためには、日本医師会認定産業医制度に基づく基礎研修会の受講が必要です。尚、他要件についても満たす必要があります。
次に産業医として担当させていただける企業を探しますが、産業医をしている医師の知り合いがいれば紹介してもらうことも可能。最近は人材紹介会社や転職コンサルタント、医師向けの求職サイトなどを通じて産業医を募集する企業も増えてきています。

▼参考資料はコチラ
労働安全衛生規則|e-GOV

産業医としてはどのような働き方をされているのでしょうか?

私の場合はいくつかの企業と産業医としての契約を結んで、必要に応じて日程を相談しながら勤務しています。
健康診断の結果を受けて医師が介入すべき場合に面談を行ったり、労働環境や健康トラブルが起こった企業に対応したりと、バランスを見ながらフレキシブルな勤務ができていますね。

産業医は皆さんそのような働き方なのでしょうか?

産業医をメインにされている医師の場合は、週5日・朝出勤して夕方退勤するという担当企業の社員のような働き方をされている方もいらっしゃいます。私は大企業一本というよりは、いくつかの中小企業を少しずつ担当させていただいて、融通を利かせられるというスタイルですね。

産業医になって驚かれたことはありましたか?

産業医を始めて最初のカルチャーショックだったのが、病院で働く医師と産業医は全く別の職業だということでした。

具体的にはどのような違いがあるのでしょう?

シンプルに表現すると、病院で働いている医師は患者さんを診て病気を治すのが仕事。一方の産業医は、社員の方が健康を維持できるような環境を整えるのが仕事。病気の治療をするわけではないのです。
産業医として病気の説明をすることもあるのですが、それは本質的な部分ではなくて、働く人の健康状態と環境をフィットさせていく仕事なんですよね。

では、臨床医と産業医では適性も違うということでしょうか?

そう思います。臨床医の仕事が好きであっても産業医の仕事は合わないという方もいると思いますし、逆もあると思います。

確かにそうですね。では、臨床医と産業医を兼業する魅力とは何でしょうか?

産業医と臨床医を両方携わるようになって、臨床医の仕事をしている時に患者さんの裏側にある仕事や生活のことを想像しやすくなりました。病院だけで働いていた頃より、よりリアルで具体的になったと思います。この仕事をしていたらこの服用方法の薬は難しいかもしれない、この人はこういう仕事だからリハビリはここを重点的にしたほうがいい...といったように、多面的に捉えられるようになったと思います。

▼topic:副業としての産業医
福田先生が従事されている産業医のお仕事は、臨床医の副業としても人気。産業医として予防の側面を重視した仕事をすることで、患者さまを診るための視点も広げられます。
月1回~勤務可などの勤務形態もあるため、新しいキャリア形成をお考えの方におすすめです。

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循環器内科医としてAI開発に携わり叶えたいビジョン

福田先生は一般企業であるアイリス株式会社にも所属していますが、そこでの業務内容はどのようなものなのでしょうか。

アイリスは、人工知能技術(AI)を利用した医療機器を開発している企業です。
医師の技術には、いまだに手術や診察の分野などでその人だけが持つ「匠の技」があります。それはすごいことなのですが、技術が属人化してしまうと誰もが使えないし、できる地域とできない地域があるといった制限もできてしまいます。そこで、AI技術を使って「匠の技」を他の医師でも再現できる、誰でも「匠の技」の医療を受けられるように変えていこうと開発に取り組んでいます。

福田先生はどのような業務に関わっていらっしゃるのですか?

医師として臨床研究・治験を計画したり、研究医療機関への支援を行ったり、「匠の技」を持つ医師から技術を教わりながら、プロダクト開発に反映できるようにしたりしています。

ほかの職種の方と一緒に仕事をすることもあるのですか?

はい。医療機器の開発には、医師とハードウェアエンジニアやAIエンジニアとの連携が欠かせません。情報や意見をそれぞれの立場で一方的に出しても、いいアイデアや施策にはなりませんから、違う分野の専門家同士がお互いの考えを取り込み、互いの背景も理解しながら取り組むようにしています。

そもそも、アイリスに参加されたきっかけは何だったのでしょう?

共同創業者の2人とは、ちょうど私が病院外に視野を広げていこうと思ってさまざまな勉強会に参加していた時に、デジタルヘルスの勉強会で知り合いました。

さまざまな勉強会に参加されていく中で多くの出会いがあったと思いますが、なぜアイリスに入社しようと思われたのでしょう?

循環器内科は、もともとデジタルやテクノロジーと親和性が高い分野です。血管や心臓に使う機器が進化することで、治療成果も上がっていく。だから、AIに対しても以前から関心がありました。
アイリスのミッションを聞いた時、「医療・診察技術をAIによってストックし、誰でも使えるようにする」という企業理念に強く共感しました。一緒にアイリスが目指す新たな医療の創製に関わっていきたいと思ったのです。

一般企業で働くことで、ほかの仕事にも影響がありましたか?

私はアイリスでは社員の立場なので、その経験が産業医として働く上で役立っていると思います。あたりまえですが、産業医の立場と社員の立場は全然違うので。
臨床医・産業医・企業勤務の社員という3つの視点を持つことができているというのが、私の強みになっていると思います。

それぞれに割く時間が短くなる弊害はないのでしょうか?

さまざまなことをやっているように見えて、私のなかでは「幸福と健康」というテーマで全部のお仕事がつながっているのです。確かにひとつの仕事に割く時間は短くはなりますが、各分野で得たことが別の分野でも活かせて、仕事同士が共鳴するような感覚があります。
ですから弊害はあまり感じず、むしろ得られるものが倍増していると感じていますね。

仕事と仕事が共鳴した具体的なエピソードがあれば教えてください。

アイリスには、社員がまだ十名程しかいないときに入社したのですが、人が増えるにつれて社内で起きる問題が変化していくので、企業の成長とそれに伴う負荷を体感し予測できるようになりました。
そのお陰で、ベンチャー企業の産業医をしていると「こういう規模の会社だったらいずれこういう負荷がかかるから、こんなリスクが考えられる」というのをよりリアルに感じて備えられるようになっています。
先日も労務の方と打ち合わせをする衛生委員会の席で「今だったら、ここに負荷がかかっているのでは」と申し上げたのですが「先生、なぜ分かるんですか?」と驚かれたんですよ。
これは産業医経験を積むことでも養われると思いますが、当事者として感じると解像度が違うと思います。

臨床医だけを続けていたら得られなかった視点ですね。

はい、本当にそう思います。
先輩の助言で勇気を出して循環器内科を選んだ当時は、産業医や企業で働くといった選択肢があるとは思ってもいませんでしたが、私の病院外の活動は、循環器内科を選択したことから始まっています。その延長線上に、病院外の活動があったのです。
現在の多面的な視点を持ち続けられるライフスタイルが、私には合っていると思っています。

多面的キャリアの女性医師から学ぶ「私らしい仕事」の選び方

福田先生

多くの顔を持って活躍されている福田先生。臨床医・産業医・企業勤務、それぞれを経験することで、それぞれの観点をミックスした福田先生ならではの視点が形成されているのを感じました。
多面的なキャリアを築くことができているのは、福田先生の「自身の興味関心を大切にして、機会を逃さないフットワークの軽さ」の賜物ですね。

もし今の仕事やこれからのキャリアに悩んだ時は、自分の興味関心がどこにあるのか、どんな医師になりたいのかを、改めて考えてみるとよいのではないでしょうか。
「医師はこうあるべき」「こんな働き方はできるはずがない」。そういった固定観念にとらわれず、アプローチ方法は色々あるのだ、と信じて、広い視点で自身の適職を探し、見つけて欲しいと思います。

福田芽森先生の写真

福田芽森(ふくだ・めもり)先生

2011年に東京女子医科大学医学部を卒業。国立病院機構東京医療センターでの初期研修後は同局の循環器内科勤務・独立行政法人国立病院機構東京医療センター勤務で知見を積み、2017年から慶應義塾大学循環器内科に勤務。現在は臨床医としての診療と並行して予防医療の観点から産業医としての勤務も受け持ちつつ、AI医療機器開発のスタートアップ企業であるアイリス株式会社では臨床開発に従事。そのほか、「正しく分かりやすい医療情報を伝えたい」という思いから日本循環器学会広報部会委員としての広報活動・Yahoo!ニュースなどでのサイエンスライティングも行うなど、マルチに活躍の場を広げている。

ドクタービジョン編集部

医師がキャリアや働き方を考える上で参考となる情報をお届けします。医療業界動向や診療科別の特徴、転職事例・インタビュー記事、専門家によるコラムなどを日々の情報収集にお役立てください。