在宅医療の問題点と課題。医師に求められる役割とは

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業界動向

公開日:2022.08.25

在宅医療の問題点と課題。医師に求められる役割とは

在宅医療の問題点と課題。医師に求められる役割とは

2025年問題が目前に迫った日本では、在宅医療に対するニーズが今だかつてないほど高まっています。在宅医療は地域包括ケアシステムを支える要です。在宅医療に対するニーズの高まりを日々の診療を介して肌で感じ、なかには在宅医療に興味を持ち始めた方もいらっしゃるでしょう。

ところが、在宅医療を普及させるには、解消しなければならないいくつかの問題があります。この記事では、在宅医療のニーズの高まりと問題点・課題について詳しくご説明します。

高まる在宅医療のニーズ

高まる在宅医療のニーズ

在宅医療のニーズが高まっている背景には、日本の人口構成と変遷、それに伴う医療と福祉のあり方が関連しています。以下で詳しくみていきましょう。

在宅医療が求められる背景にある「超高齢社会」の問題

日本における医療体制と施策を考えるうえで欠かせないテーマに、2025年問題があります。2025年問題とは、終戦直後の第一次ベビーブームに生まれた、いわゆる「団塊の世代」が75歳に達し後期高齢者の仲間入りを果たすことと、それに伴う社会構造と体制への影響を指します。

内閣府によると、1950年時点では全人口に対する高齢者(65歳以上)の割合は5%に満たないものでした。ところが、1970年の国連の報告書では、高齢化社会の定義とされる7%を突破。1994年には14%を超え、「高齢社会」といわれるようになったのです。1970年以降、高齢者人口は増加の一途をたどりました。しかし、死亡者数も同時に増加していたことから、2020年以降は高齢者人口そのものは横ばいです。

一方で日本の出生率に目を向けると、合計特殊出生率(※1)は2010年時点で実績値1.39、その後2024年まで緩やかに低下し続けると推測されています。

1970年代なかば以降、出生率が低下し少子化が進んだことで、生産年齢人口の減少も加速しました。2013年の時点で前年から116.5万人減少し、2013年から2020年までには約50万人、さらに2030年までには約100万人減少するとの試算もあります。

日本の人口ピラミッドは、上層(高齢者)を先細りする下層(若年者)が支える形をしています。少子高齢化によって、2025年には1人の高齢者を1.8人で、2060年には1.2人で支える構造になると想定されており、状況はますます厳しくなるでしょう

※1...一人の女性がその年齢別出生率で一生の間に生むとしたときの子どもの数に相当

 

高齢化により変化する医療・福祉のあり方

2025年問題と少子高齢化の進行によって、国民の生活を支える基盤である雇用や福祉などは、そのあり方と仕組みの見直しを迫られています。医療も例外ではありません。人口構造が大きく変化したことで、疾病構造の変化や介護を必要とする高齢者の数と、医療機関・医師・看護師などの医療提供体制のバランスが崩れることとなりました。同時に、在宅医療に対するニーズの変化も、医療と福祉のあり方に少なからず影響を与えているようです。

厚生労動省が2008年に実施した終末期の療養場所の希望に対するアンケートでは、「自宅で療養して、必要になれば医療機関に入院したい」は23.0%、「自宅で療養して、必要になれば緩和ケア病棟に入院したい」は29.4%、「自宅で最後まで療養したい」が10.9%でした。療養に関する希望も、「自宅で介護してほしい」が41.7%、「子どもの家で介護してほしい」が2.3%、「親族の家で介護してほしい」が0.5%という結果でした。

在宅医療を求める方は、2025年には29万人に達すると推計されていることを考慮すると、最期の迎え方の選択肢を増やすためにも、在宅医療の推進は現在の日本において重要な課題です。

社会保障制度の基盤を維持する仕組み作り

かねてより日本は長寿大国として、そして国民が等しく医療を受けられる医療保険制度を維持してきた国として、世界中から注目されています。

日本の医療制度における保険料の自己負担比率は、70歳未満の健康な方は総額の3割、70〜74歳までの方は2割(※2)、75歳以上の方は1割(※2)です。残りは公的医療保険から支払われていることと、高齢者の増加によって社会保障費のうち医療費や介護費が占める割合が増えていることは、多くの方がご存知のところでしょう。

その結果、財政が圧迫されているだけでなく、医療機関数や医師数、看護師数に対して入院および外来医療の提供体制が追いついていないというアンバランスな状態に陥っています。

この高齢化社会と2025年問題への対策として、「地域包括ケアシステム」の確立と導入があげられます。これは、高齢者の尊厳を維持しつつ介護や医療的介入を必要に応じて行うことで、高齢者の自立生活を支援する「支える医療」を提供するための仕組みです。

地域包括ケアシステムは、高齢者ができる限り住み慣れた地域で自分らしい生活を送ることを前提に関係機関が連携し合い、医療・介護・福祉をシームレスに提供できる体制を構築することを目的としています。

※2... 現役並みの所得者および収入額が基準額を超過する方は3割

在宅医療の提供体制整備・強化のための取り組み

在宅医療の提供体制整備・強化のための取り組み

地域包括ケアシステムの円滑な運用を目標に、在宅医療の提供体制の整備と強化に向けて、厚生労働省と都道府県・市町村では以下のような取り組みをしています。

厚生労働省の取り組みは全国規模で実施されることから、各地における在宅医療の基盤づくりを想定しています。対して都道府県・市町村は、各地域の実情を考慮したものや実務を想定した内容が多いのが特徴です。

厚生労働省の取り組み

厚生労働省では、在宅医療の提供体制の構築に向けた技術的支援と、提供内容の充実に向けた財政支援などを実施しています。

技術的支援は、3つの要素によって構成されています。1つ目は、「データ・情報の提供」です。在宅医療の現状を客観的に把握する目的で実施する、統計資料を用いた具体的な指標の設定や、在宅医療・介護に関わる分析支援データの提供を行っています。

2つ目は、「研修会などの開催」です。在宅医療に関わる講師人材の育成、救急医療との連携推進、都道府県職員を対象とした医療政策研修会の開催などを行っています。そして3つ目が、「地域・医療機関のニーズに応じた支援」です。ACP(アドバンス・ケア・プランニング/人生会議)の普及と啓発ならびに関連する人材育成などを行っています。とくにACPでは、一般生活者を対象にした普及活動も進んでいます。

そして、在宅医療の充実に向けた財政支援は、地域医療介護総合確保基金を用いた各都道府県下における在宅医療関連の取り組みへの支援がメインです。具体的には、在宅医療に関わる人材の確保と育成、訪問診療・訪問看護への新規参入推進があります。ほかにも、医療機関同士あるいは多職種間でのICTを用いた医療連携体制の構築、へき地あるいは遠隔地域における在宅医療や訪問看護の提供に対する支援があります。

都道府県・市町村の取り組み

都道府県・市町村レベルで在宅医療の提供体制を構築し、各サービスを円滑に提供するために、市町村主導による在宅医療・介護連携推進事業、都道府県の広域的な観点から市町村に向けたピンポイントでの支援各地域の医師会や多職種との連携体制の構築を掲げています。

地域における在宅医療の体制整備に向けた取り組みは、5つあります。1つ目は、「都道府県全体での体制整備」として、各市町村への支援や、医療政策担当部局と介護保険担当部局の連携推進、年間スケジュールの策定をしています。

2つ目は、市町村単位での情報収集や分析と、結果の共有による「在宅医療の取り組み状況の見える化」、3つ目は「在宅医療への円滑な移行」。4つ目は、医療従事者を対象とした普及・啓発事業やスキルアップ研修の支援と、多職種の連携に関する会議・研修の支援による「在宅医療に関する人材の確保・育成」、5つ目は地域住民を対象とした在宅医療や介護、ACPの周知など「住民への普及・啓発」です。

地域包括ケアシステムが最終的に目指す姿は、高齢者の住まいと生活支援を基礎として、介護予防・医療・介護の提供体制を整え、一定の生活圏のなかでより長期間の生活が可能な地域環境を提供することです。日常生活を脅かすリスク要因に対応可能なサービスを24時間365日体制で提供することも求められており、実現には在宅医療の存在が重要な役割を担うと期待されています

地域包括ケアシステムにおけるかかりつけ医の役割

地域包括ケアシステムにおけるかかりつけ医の役割

地域包括ケアシステムと在宅医療が浸透するのに比例して、かかりつけ医の重要性も増します。後期高齢者は加齢に伴う心身の機能衰弱が顕在化する傾向があり、虚弱や認知症を認める方も増加しています。とくに認知症を有する高齢者の増加は顕著です。また、認知症高齢者の日常生活自立度Ⅱ以上に該当する高齢者(65歳以上)の数は、今後も増加傾向にあると言われており、そのうちの半数が自宅などで生活しているとされていました。なお、65歳以上の方は何らかの疾患を平均4疾患以上有しているともいわれています。

そのためかかりつけ医は、がんや生活習慣病などに対して高い専門性を維持しつつも、特定の疾患や領域にとらわれることなく、目の前の高齢者をまるごと診られる総合的な診療能力が求められます。

在宅医療の問題点

在宅医療の問題点

国をあげて推進している在宅医療が抱える問題点には、主に以下の2点があります。

家族の支援や負担

在宅医療を選択するということは、家族にとって24時間体制での看護や介護が始まることを意味します。訪問看護やヘルパーを利用しても、家族には心身の負担があることに変わりありません。在宅医療を受ける当事者も、配偶者や子どもなどの家族が負担を負うことに不安や懸念もあるでしょう。厚労省が過去に行った調査によると、とくに夜間や容態急変時の対応などに強い不安を訴える意見もありました。

患者さまとご家族が抱える不安を解消するには、以下のような方法があります。

  • 病診連携先の病院で入院病床を確保し、後方支援体制を取り付けたうえで病床のある医療機関と連携する
  • 急変時も在宅医療を受けていることを理由に入院治療を拒否されないことを説明する

医療従事者の不足

より質の高い在宅医療を提供しようにも、医師や看護師など現場で働くスタッフのマンパワーが不足していることも在宅医療の見逃せない問題点といえるでしょう。今は第一線で働いている医師にも、例外なく高齢化の波が押し寄せています。少子高齢化と生産年齢人口の減少から、医療はもちろん介護や福祉の領域でも人員不足が深刻化しているのが現実です。

そこで、人員不足への対策として、医療のDX化による業務効率化が進められています。実例としては、電子カルテやオーダリングシステム導入などがあり、多職種連携の円滑化の観点からも効果的な方法といえるでしょう。

医療と介護の両方を必要とする高齢者に対しては、地域の医療資源と介護資源の実情を考慮した介護施設や関連機関の連携体制の構築が求められています。

充実した在宅医療の実現には医療資源とITの有効活用が課題

少子高齢化が進行し、社会保障費の増加による財政圧迫と医療資源の枯渇が深刻な日本では、これから迎える2025年問題に対応するため、国が在宅医療体制の導入と浸透を推進しています。

しかし、在宅医療を円滑に運用するには課題が多く、解決に向けた施策が待たれています。とくに直近での解消が難しい現場のマンパワー不足については、解消に向けたIT導入が進んでおり、今後さらなる進展が見込まれています。

ドクタービジョン編集部

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