抗菌薬の不適正使用が薬剤耐性(AMR)を世界的に深刻化させる中、日本では2024(令和6)年度の診療報酬改定で「抗菌薬適正使用体制加算」が新設されました。抗菌薬を「Access」「Watch」「Reserve」に分類し、Access抗菌薬の使用比率を60%以上にすることが、算定の重要な要件とされています。
この記事では抗菌薬適正使用体制加算が新設された背景、算定要件や現場の課題、今後の展望をわかりやすく解説します。

執筆者:Dr.SoS
抗菌薬適正使用体制加算とは
抗菌薬適正使用体制加算は、一定の処方要件などを満たすことで外来初診・再診料に月1回・5点を上乗せできる加算です。2024(令和6)年度の診療報酬改定で新設されました。
簡単に言うと、薬剤の処方において「薬剤耐性をつくりづらい抗菌薬を選択しているかどうか」が評価されます。
これまで、2022年度に新設された「サーベイランス強化加算」のように、感染対策の向上を目指す取り組みを評価する加算はありましたが、抗菌薬適正使用体制加算は具体的な処方内容にふみ込んでいる点が特徴的と言えます。
薬剤耐性(AMR)対策の現状
なぜ、抗菌薬適正使用体制加算が設けられたのでしょうか。背景には、日本で対策が遅れているとされる薬剤耐性(AMR:antimicrobial resistance)の問題があります。
AMRは、主に抗菌薬(抗生物質)に対する抵抗性を意味しています。既存の抗菌薬が期待どおりの効果を発揮できなくなるおそれがあるため、公衆衛生上の大きな課題とされています。
世界保健機関(WHO)は2015年、『Global Action Plan on AMR』を打ち出し、各国に具体的な対策を求めました。日本では2016年に『AMR対策アクションプラン』が策定され、2023年からは第2期行動計画がスタートしています。
AMR対策として、とくに重要なのが「抗菌薬の適正使用」です。抗菌薬は、使用によって有効な細菌を排除できると同時に、耐性を持っている細菌だけが繁殖しやすい環境が体内で形成されてしまいます。さまざまな細菌に対して効果を発揮する広域抗菌薬ほど耐性化が起こりやすいと考えられるため、適正な使用が大切なのです。
Global action plan on antimicrobial resistance|World Health Organization(WHO)
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薬剤耐性(AMR)対策アクションプラン(2023-2027)概要|厚生労働省
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抗菌薬適正使用体制加算の概要・点数
抗菌薬適正使用体制加算は「外来感染対策向上加算」と「感染対策向上加算」に対する加算です。
「感染対策向上加算」は、入院の初日に算定できます。
点数は「5点」ですので、大きな点数とは言えません。しかし、抗菌薬の使用が必要な症例に限らず算定できるため、積み重なることで大きな点数になると期待できます。
抗菌薬適正使用体制加算の算定要件
それでは、抗菌薬適正使用体制加算について具体的に見ていきましょう。
抗菌薬適正使用体制加算の施設基準
抗菌薬適正使用体制加算の算定には、下記の施設基準を満たす必要があります。
【抗菌薬適正使用体制加算に関する施設基準】
(1)外来感染対策向上加算に係る届出を行っていること。
(2)抗菌薬の使用状況のモニタリングが可能なサーベイランスに参加していること。
(3)直近6か月において使用する抗菌薬のうち、Access抗菌薬に分類されるものの使用比率が60%以上又は(2)のサーベイランスに参加する診療所全体の上位30%以内であること。
厚生労働省「基本診療料の施設基準等及びその届出に関する手続きの取扱いについて」(令和6年3月5日保医発0305第5号通知)p.20より引用
https://www.mhlw.go.jp/content/12404000/001293317.pdf(2025年10月7日閲覧)
(2)については診療所版感染対策連携共通プラットフォーム(診療所版J-SIPHE)や感染症対策共通プラットフォーム(J-SIPHE)に参加することで、条件を満たすことができます。
(3)については、診療所版J-SIPHEまたはJ-SIPHEでデータを提出し、対象期間中にその証明書を届け出る必要があります。
令和6年度診療報酬改定の概要【ポストコロナにおける感染症対策】(令和6年3月5日版)|厚生労働省
基本診療料の施設基準等及びその届出に関する手続きの取扱いについて(令和6年3月5日保医発0305第5号通知)|厚生労働省
疑義解釈資料の送付について(その1)(令和6年3月28日事務連絡)|厚生労働省
Access抗菌薬とは
抗菌薬適正使用体制加算の施設基準の中で、もっとも重要な用語が「Access抗菌薬」(アクセス抗菌薬)でしょう。
これは「AWaRe分類」(アウェア分類)という、WHOが策定した抗菌薬適正使用を判断するための指標に基づいています。
AWaRe分類では、抗菌薬をAccess・Watch・Reserveの3種類に分類しています。
- Access(アクセス):一般的な感染症の第一選択または第二選択として使用される抗菌薬
- Watch(ウォッチ):限られた疾患や適応にのみ使用が求められる抗菌薬
- Reserve(リザーブ):最後の手段として使用すべき抗菌薬
国立健康危機管理研究機構(旧 国立国際医療研究センター)AMR臨床リファレンスセンター ニュースレター「AWaRe分類は抗菌薬適正使用支援ツールの1つ 最新のAMR対策と診療報酬加算」(2024年10月30日)p.2より抜粋・引用
https://amr.jihs.go.jp/pdf/20241030_press.pdf(2025年10月7日閲覧)
具体的には、以下のような抗菌薬が該当します(一部抜粋)。
分類 | 内服薬 | 注射薬 |
---|---|---|
Access | ドキシサイクリン、アンピシリン、アモキシシリン、セファレキシン、ST合剤、メトロニダゾール | アンピシリン、ベンジルペニシリン、セファゾリン、クリンダマイシン |
Watch | ミノサイクリン、セファクロル、セフジニル、クラリスロマイシン、ロキシスロマイシン | タゾバクタム/ピペラシリン、セフメタゾール、セフォタキシム、セフトリアキソン、セフェピム、メロペネム、バンコマイシン、テイコプラニン |
Reserve | ファロペネム、ポリミキシンB | リネゾリド、ホスホマイシン、ダプトマイシン |
国立健康危機管理研究機構 AMR臨床リファレンスセンター「抗菌薬使用サーベイランス 抗菌薬マスター AWaRe分類一覧 AWaRe分類別(GLASS準拠)」(2024年11月作成)をもとに筆者作成(元資料は許諾を得て使用)
https://amrcrc.jihs.go.jp/surveillance/030/AWaRe_glass_bunrui_2024_ver3.pdf(2025年10月7日閲覧)
WHOは、各国の使用抗菌薬全体のうち、Access抗菌薬の比率を60%以上とすることを目標として定めています。
日本でも『AMR対策アクションプラン』の作成をきっかけにAccess抗菌薬の使用は増えていますが、その比率は2023年時点で22.9%と*1、目標値からはまだ乖離があるのが現状です。
AWaRe classification of antibiotics for evaluation and monitoring of use, 2023|World Health Organization(WHO)
ニュースレター「AWaRe分類は抗菌薬適正使用支援ツールの1つ 最新のAMR対策と診療報酬加算」(2024年10月30日)|国立健康危機管理研究機構(旧 国立国際医療研究センター) AMR臨床リファレンスセンター
抗菌薬使用サーベイランス 抗菌薬マスター AWaRe分類一覧|国立健康危機管理研究機構 AMR臨床リファレンスセンター
薬剤耐性(AMR)ワンヘルス動向調査年次報告書2024(サマリ版)|厚生労働省(*1)
薬剤耐性ワンヘルス動向調査検討会|厚生労働省
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抗菌薬適正使用体制加算の課題
抗菌薬適正使用体制加算はまだ新設されたばかりであり、問題点や課題もあります。具体的には下記のような課題が挙げられます。
- 医薬品の供給不足により、選択が制限される場合がある
- 疾患の特性により、選択が制限される場合がある
- 使用量は評価されない
詳しく見ていきましょう。
医薬品の供給不足
近年、主に後発医薬品の供給不足が生じており、問題となっています。薬局から、処方した薬剤の在庫がないという連絡を受けたことのある先生も少なくないのではないでしょうか。
その場合、ほかの抗菌薬に変更せざるを得ない状況が起こります。たとえばセフェム系抗菌薬として第1世代のセファレキシンを処方するつもりが、在庫がないためやむを得ず第3世代のセフカペンに変更する、といったケースが考えられます。
前者はAccess抗菌薬ですが、後者はWatch抗菌薬です。AMR対策を意図しても、実現しないケースが起こり得る状況です。
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疾患の特性
先述のとおり、Access抗菌薬は一般的な感染症の第一選択または第二選択薬です。つまり疾患によっては、Access抗菌薬が第一選択とならない場合もあります。
たとえば、結核や肺非結核性抗酸菌(NTM)症の第一選択薬となることが多いリファンピシン・ストレプトマイシン・クラリスロマイシンは、いずれもWatch抗菌薬に分類されています。
筆者が専門とする皮膚科領域においては、尋常性ざ瘡(ニキビ)もAccess抗菌薬を選択しづらい疾患です。ざ瘡の炎症性皮疹(赤ニキビ)に対して「推奨度A」のドキシサイクリンはAccess抗菌薬に分類されますが、「推奨度A*」のミノサイクリン、Bのロキシスロマイシンやファロペネムは、Watch抗菌薬に分類されてしまいます*2。
また、高齢者や重症例を診療することの多い施設では、院内肺炎(HAP)に対応することも多いでしょう。原因菌としてMRSAや緑膿菌などの薬剤耐性菌が検出されやすい傾向にあり*3、前者に用いられるバンコマイシンやテイコプラニン、後者に用いられるピペラシリンやタゾバクタム/ピペラシリンは、いずれもWatch抗菌薬に分類されています。
つまり、診療科や施設、対象疾患によって、AMR対策に取り組む意向があっても、構造的にAccess抗菌薬の比率が低くなるケースがあると考えられます。
尋常性痤瘡・酒皶治療ガイドライン策定委員会:尋常性痤瘡・酒皶治療ガイドライン 2023.日本皮膚科学会雑誌 133(3):407-450,2023(*2)
日本呼吸器学会:成人肺炎診療ガイドライン2024.メディカルレビュー社,2024(*3)
使用量の評価
抗菌薬適正使用体制加算の算定要件にAccess抗菌薬の使用比率は盛り込まれていますが、その"絶対量"は、対象になっていません。
そもそも抗菌薬の不適正使用は、「不必要な使用」と「不適切な使用」に分けられます。
「不必要な使用」とは、抗菌薬が必要でない病態に対して抗菌薬が使われている状態を指します。一方の「不適切な使用」は、抗菌薬を使うべき病態ではあるものの、その選択や投与量・期間が標準治療から逸脱した状態を指します。
Access抗菌薬の比率を評価するだけでは、抗菌薬使用の絶対量、つまり「不必要な使用」の評価はできていないと言えるでしょう。
抗菌薬適正使用体制加算の今後の展望
AMR対策はますます重視されると考えられることから、抗菌薬適正使用体制加算は今後、さらなる改良が予想されます。
2026年度の診療報酬改定を含め、今後の展望について考えてみましょう。以下のようなポイントが挙げられます。
- 段階的な評価制度の導入
- 一部の疾患を対象から外す、あるいは抗菌薬の使用量を評価する制度の導入
- 電子処方箋やオンライン資格確認とのデータ連携
現在の加算は一律で5点ですが、今後はAccess抗菌薬の比率に応じて、加点幅が変動する「段階的な評価制度」が導入される可能性があります。たとえば、サーベイランスに参加する診療所の「上位10%以上で7点、上位20%以上で6点、上位30%以上で5点」といった仕組みです。こうした設計が検討されることで、より適正な使用を目指すインセンティブが働くのではないでしょうか。
また、施設や診療科によって不平等になりやすい疾患特性による選択の制限や、使用量に対する設計が見直されていくことが望ましいでしょう。前者については、特定の疾患はAccess抗菌薬の使用比率の母数に含まないようにする、後者については施設基準に追加される、といった変更案が考えられます。
医療DXを推進する流れもふまえると、電子処方箋やオンライン資格確認と、J-SIPHEの連携を進めることで、抗菌薬の使用実績がデータとして正確かつリアルタイムに把握できるようになるかもしれません。
このような環境が整えば、Access抗菌薬や抗菌薬全体の使用状況を、国や自治体が自動で集計・評価できるようになり、医療機関側の負担軽減も期待できます。こうした連携が、施設基準の算定条件に追加される可能性もあるでしょう。
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まとめ
抗菌薬適正使用体制加算は、抗菌薬の適正使用を評価するインセンティブとして、2024年度の診療報酬改定で新設された評価項目です。背景にはAMRの問題があり、抗菌薬の有効性に対する世界的な危機感があります。
算定にはAccess抗菌薬を60%以上にすることや、サーベイランス参加などの条件があり、対象疾患によっては基準の遵守が難しいこと、抗菌薬の供給不足の影響など、課題はありますが、AMR対策を診療に根付かせていくための試みの一つと言えるでしょう。今後は電子処方箋とサーベイランスを連動させるなど、医療DXを絡めた展開も想定されます。
この記事が抗菌薬適正使用体制加算を理解する一助となれば幸いです。
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