デジタルヘルスとは?注目される理由と課題、事例を現役医師が解説

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業界動向

公開日:2023.07.28

デジタルヘルスとは?注目される理由と課題、事例を現役医師が解説

デジタルヘルスとは?注目される理由と課題、事例を現役医師が解説

デジタル技術(テクノロジー)の進歩により、医療やヘルスケア分野においてもデジタル化が加速しています。この記事では、医療やヘルスケア分野におけるデジタル技術の活用、通称「デジタルヘルス」について、概要や注目される理由、今後普及していく上での課題などについて解説します。

デジタルヘルスとは

デジタルヘルスとは、英語ではdigital healthcare、つまりデジタル技術や情報通信技術を活用したヘルスケアを意味する単語です。

ヘルスケアとは従来「健康維持・増進のための健康管理」という意味で使われてきましたが、近年は疾患からの回復を目指す医療行為も含めた広い範囲へと定義が広がりつつあります。

デジタルヘルスでは、デジタル技術を活用することで、ヘルスケアの効果を向上させることが期待されています。わかりやすい例としては、ウェアラブルデバイスから得られる心拍数データで不整脈を検出する血糖値の変動を持続的にモニタリングすることで厳密な血糖コントロールを可能にする、といった事例があります。

デジタルヘルスが注目されている理由①:社会的背景

近年デジタルヘルスが注目を集めていますが、これにはいくつか理由があります。まず社会的背景として、下記のような理由が挙げられます。

  • 高齢化に伴う医療費の増大
  • 非効率的な業務体制
  • 地域医療格差

高齢化に伴う医療費の増大

日本では高齢化に伴い、医療費が増大しています。高齢化問題においては、しばしば「2025年問題」という言葉が使われます。2025年は「団塊の世代」と呼ばれる第一次ベビーブーム時(1947〜1949年)に生まれた人が、全員75歳以上になる年です。この世代は1年あたりの出生数が約270万人と、現在の3倍以上(2022年の出生数は約77.7万人)でした。高齢者数が飛躍的に増えることがおわかりいただけると思います。

高齢者ほど疾患にかかりやすく、治療のための医療費も増大しやすくなります。罹患を完全に避けることは難しいですが、デジタルヘルスにより健康増進を図ることで、疾患の予防や健康寿命の延伸を目指すことができます。

非効率的な業務体制

医療業界は他業界と比較し、業務体制の効率化が不十分と指摘されています。医師の長時間労働が常態化することでこうした問題がカバーされていた点や、参入障壁が高い業種であることから市場原理が働きづらい点などが原因として考えられます。

しかし、働き方改革関連法の適用が猶予されていた医師も、2024年からは改革の対象となります。医師以外でも可能な業務を他職種へシフトする「タスク・シフト」なども進められていますが、デジタル技術の活用による業務の効率化も期待されています。

地域医療格差

地域間で医療格差が生じていることも、デジタルヘルスが必要とされる社会的背景の一つです。少子高齢化が進むにつれて、教育や生活に便利な都市部への人口集中が続いています。都市部以外では医療者の確保が難しくなり、十分な医療が提供されなくなる可能性があります。遠隔地での画像読影やオンライン手術などは、この問題の解決に役立つでしょう。

デジタルヘルスが注目されている理由②:技術の進歩

デジタルヘルスが注目されるようになった理由として、技術の進歩も重要です。デジタル技術をヘルスケアに活かすという発想自体は以前からあるものですが、技術が追いついておらず、実現できない部分がありました。

しかし近年の急速な技術革新は、デジタルヘルスを現実のものへと近づけています。具体的には、下記のような技術が挙げられます。

  • AI活用による問診・画像診断
  • 5G・ロボットによる遠隔診療
  • VRを活用した治療サポート器具

AI活用による問診・画像診断

まずは、AI(人工知能)やチャットボットの発展です。従来、多くの医療機関は紙の問診票を用いて、患者情報である主訴、既往歴、内服薬、アレルギーなどを収集していました。

しかし紙の問診票は、決まったフォーマットのものしか作ることができず、患者個別の悩みに対して、より深い質問をすることはできませんでした。

AIやチャットボットを用いると、疾患を推測し、その疾患に関する詳しい問診を付け加えることが可能となります。たとえば、同じ頭痛でも「急に発症した」「痛みが10段階中の10と非常に強い」など、疾患特異性の高い問診内容が加わることで、正確な診断につながることが期待されます。

5G・ロボットによる遠隔診療

5G(第5世代移動通信システム)も、デジタルヘルスを実現するための重要な技術です。5Gでは従来よりも高速で安定した通信が可能なため、大容量の画像や動画データも送受信できます

たとえば、離島やへき地など医療資源が乏しい地域において、遠隔地から画像を送信して診断したり、手術支援ロボットを用いた手術を遠隔で行ったりと、さまざまな活用法が考えられます。

VRを活用した治療サポート器具

VR(バーチャル・リアリティ、仮想現実)も、近年発展している技術の一つです。ヘッドマウントディスプレイ(HMD)を装着した状態で映像を見ることで、没入感の高いリアルな体験ができます。

たとえば、VRで患者にリラックスする体験を提供することで、歯科治療や胃カメラなど、痛みを伴う処置の負担を減らすことができます。また、直接的な治療とは異なりますが、医師がVRの手術シミュレーターを装着することで、実際の患者を必要とすることなく、外科的技術の上達をはかれるようになるかもしれません。実際、一部では研修や学生教育にVRを導入する取り組みが始まっています。

このような社会的背景や技術の進歩を背景に、デジタルヘルスの普及が期待されていることがおわかりいただけたかと思います。

しかし、デジタルヘルスが普及する上では、課題も多くあります。次の段落で見ていきましょう。

デジタルヘルスが浸透していく上での課題

日本でデジタルヘルスが普及する上での課題には、以下のようなものが挙げられます。

  • データ管理の安全性
  • 世代間における活用意欲の差

データ管理の安全性

大きな課題として挙げられるのが、データ管理の安全性に関することです。

デジタルヘルスでは、患者情報を収集・解析する場面が多くあります。しかし、医療情報は個人情報の中でも、特に繊細な取り扱いが要求される情報です。ある検査結果から、疾患に罹患している、もしくは今後罹患する可能性が高いと推定されたとします。この情報が漏れてしまうと、たとえば民間保険への加入代金が高額になったり、加入を拒否されたりする不利益が生じる恐れがあります。

個人情報としてしばしば想起されるものは、個人の住所や電話番号、デジタルサービスを利用する際のアカウント名やパスワードなどですが、それらと比較して医療情報は、データが流出してしまった際の変更が困難という特性があります。医療情報のデータ収集では、プライバシーやデータ保護の仕組みについて、特に慎重にならざるを得ない重要な課題と言えます。

世代間における活用意欲の差

日本でデジタルヘルスを利用したいという意向や、実際の利用経験がある人の割合は、世代によって大きな差があることが指摘されています。民間のある調査*で、デジタルヘルスの利用経験がある人の割合は、「ミレニアル世代」と呼ばれる18~41歳で40%以上であるのに対し、それより上の42歳以上では20%強となっています。

デジタルヘルスの活用が望まれる世代は、人口分布や疾患のかかりやすさから、中高年~高齢者が主体と言えます。42歳以上をターゲットとしたデジタルヘルスの啓蒙・普及活動が重要です。

*アクセンチュア株式会社「日本におけるデジタルヘルス活用の現状と課題」(2022年2月公開)
https://www.accenture.com/jp-ja/insights/health/digital-adoption-healthcare-reaction-revolution-part1

デジタルヘルスの導入事例

デジタルヘルスの導入事例として、ここでは2つの例を紹介します。

1つ目は、画像診断AIです。X線やCTの画像データから、肺がんや新型コロナウイルス肺炎の補助診断を行う技術が開発されています。また、内視鏡画像から大腸がんやその早期病変を診断する技術も現在研究開発が行われており、その中には医療機器として承認されているものもあります。

2つ目は、電子カルテのデータ分析に特化したサービスです。たとえば精神科の場合、画像検査や採血検査などが少なく、病歴や症状といった数値化しづらい文字情報が中心となります。精神科のカルテに特化したデータ分析を行えれば、入院が長期化するリスクを評価したり、入院期間や再入院率などを推測したりできます。こうした活用法を想定したサービスが本格導入され、入院長期化リスクの高い人を抽出し適切な対応を行うことができれば、入院期間を短縮できる可能性があります。

デジタルヘルスで医療はどうなるか?

Medical technology concept. Electronic medical record.

ここまで紹介してきたように、デジタルヘルスが導入されれば、画像診断AIを活用した補助診断や、ウェアラブルデバイスによる不整脈検知など、従来よりも正確かつ早期の診断が可能になるかもしれません。

さらに、手術支援ロボットを活用した遠隔手術や、VRを活用した疼痛緩和など、デジタルヘルスは治療にも応用され得るものです。

一方で、デジタルヘルスが本当に生命予後や健康寿命の延伸につながるのか、検証する必要があります。とくに診断に用いる技術では、その影響や効果測定が難しくなりがちです。画像診断AIによって、早期の肺がんを疑う病変が発見されたとして、そのうちの何例が実際に肺がんだったのか(異なる病変を肺がんと判断してしまった例はなかったか)、生命予後はどの程度改善したのかなど、最終的なアウトカムを含めて評価する必要があります。

治療においても課題があります。たとえば過疎地在住患者に遠隔手術をする事例はどのくらいあるのか、それは過疎地に高速通信網を整備する費用に見合ったものなのか、という懸念が挙げられます。対象患者数が少なければ、患者に都市圏まで移動して医療を受けてもらうという従来のスタイルの方が、コストを抑えられるでしょう。

目新しい技術に飛びつくのではなく、その技術に投資する価値があるかどうかを十分検討することが、本当の意味でデジタルヘルスが根付くために必要なことであると考えられます。

まとめ

デジタルヘルスは、デジタル技術を活かした健康増進や治療への取り組みを指す単語です。デジタルヘルスを活用することで、高齢社会や地域医療格差など、日本が抱える問題の改善が期待できるため、今後広まっていく可能性が高いと考えられます。

一方、個人情報に関する課題など、実際の医療で日常的に利用できるようになるまでにはまだまだハードルがあり、これらをどう解決していくかが今後の課題と言えます。今後の技術発展・規制緩和で大きく変わる可能性を秘めた分野であり、とくに医療関係者であればその動向は要注目です。

竹内 想

執筆者:竹内 想

大学卒業後、市中病院での初期研修や大学院を経て現在は主に皮膚科医として勤務中。
自身の経験を活かして医学生〜初期研修医に向けての記事作成や、皮膚科関連のWEB記事監修/執筆を行っている。

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