2022年11月の「ChatGPT」(OpenAI, Inc.)登場から3年以上が経ち、生成AIは"流行のツール"という域を越えて日常生活へ浸透してきました。
「生成AIによって医師の仕事は"不要"になる」「生成AIは"ウソ"が多い」などの意見を耳にして、生成AIが気になるものの、実際にどのように業務に取り入れれば良いのか悩んでいる医師の方も多いのではないでしょうか。
生成AIは適切に活用すれば、医師の事務作業や日常臨床をサポートしてくれる頼もしい存在です。このコラムでは、医師が生成AIを活用すべき理由や実務での活用例、注意しておきたいポイントについて解説します。ぜひ最後までご覧ください。

執筆者:Dr.SoS
なぜ今、医師に生成AIが注目されるのか

生成AIの代表例には、「ChatGPT」(OpenAI, Inc.)や「Gemini」(Google LLC)などが存在します。まず、医師の間で生成AIが注目されている背景について見ていきましょう。
医学の進歩に伴う専門情報の増大
医学は日々進歩するものですが、近年その勢いは加速しています。1950年時点では医学知識が倍になるのに50年かかっていたのが、1980年には7年、2010年には3.5年、2020年には0.2年とその時間が飛躍的に短くなると推測した論文がよく知られています*1。
実際、医学文献データベース「PubMed」の収録論文数は2018年の132万件から、2020年以降は150〜170万件程度に増えています*2。
このように次々と医学情報が増大していく現代において、医師が知識をアップデートするのに必要な労力は大きくなっていると言えるでしょう。
Peter Densen:Challenges and Opportunities Facing Medical Education.Trans Am Clin Climatol Assoc 122:48-58,2011(*1)
MEDLINE PubMed Production Statistics│The National Library of Medicine(*2)
業務効率化の必要性
日本では2024年に施行された「医師の働き方改革」によって労働時間が制限されるなど、限られた時間で効率的に業務を進めることが一層求められています。
生成AIは0から100を作り出すことができる万能ツールではありませんが、下書き・たたき台を作成する"サポート役"としては高いポテンシャルを秘めています。AI性能を評価するベンチマークであるMMLU(Massive Multitask Language Understanding)のスコアで比較すると、2022年11月登場のGPT3.5(OpenAI, Inc.)は得点率70%程度でしたが、2025年時点の主要モデルでは軒並み90%に迫り*3、人間の専門家に匹敵するレベルまで向上しています。
つまり、増え続ける医学情報を適切に把握し、業務を効率化する方法の一つとして生成AIの活用が注目されていると言えるでしょう。
筆者の周りでも、生成AIを日常的に活用する医師は増えています。講演会でも、AIで作ったスライドやイラストを用いた発表を目にする機会が多くなりました。
医師がまず実践できる活用例

ここでは、生成AIを使ってどのように業務を効率化できるのか、皮膚科医である筆者の実例も交えて見ていきましょう。
論文・ガイドラインの読解
医学知識をアップデートするには論文やガイドラインを読むのが一般的ですが、日々投稿されている膨大な論文をすべて把握するのは困難です。こうした「情報収集や読解」の場面で、生成AIは活躍します。たとえばChatGPTの「タスク実行機能」を使い、以下のような指示を出してみましょう。
毎朝7時に皮膚科関連の最新論文をPubMedで検索して、重要度が高い順に3つ要約・日本語翻訳して。
このようなタスクを設定しておけば、毎日通知が届くようになり、自動的に最新の情報を追うことができます。類似の機能はほかの生成AIにもありますが、web検索機能については現状ChatGPTが優れている印象があります。
生成AIは、ページ数の多いガイドラインを読み解く際にも役立ちます。たとえば最新版と旧版のPDFファイルを生成AIに読み込ませて「前回からどこが変わったのか」を尋ねれば、手動でチェックするよりも効率的にトレンドをおさえられるでしょう。
特定の論文を詳しく読みたい場合は、読み込ませたPDFファイルの内容をチャット形式で質問できる「ChatPDF」(Mathis Lichtenberger氏が開発・運営)のような関連ツールも便利です。
専門医試験対策など自己学習の効率化
生成AIでは、現実には存在しない内容や情報を事実のように出力してしまう「ハルシネーション」という現象が生じることがあります。これは、医師国家試験対策や専門医試験対策などの明確な正解が求められる状況で大きな弱点となります。
ここで役立つのがGoogleのAIツール「NotebookLM」です。インターネットの情報ではなく、ユーザーがアップロードした資料にもとづいて回答する仕組みのため、ハルシネーションが生じにくいとされています。
たとえば、講義資料や論文・ガイドライン、教科書の公式PDFファイルをアップロードしておき「尋常性乾癬の治療において日本で用いられる生物学的製剤のターゲットと治療効果を比較して」といった質問をすることで、手元の資料にもとづく精度の高い回答が得られるでしょう。
NotebookLM│Google
診療関連の説明・同意書の作成
日常臨床では、患者さんに生活指導をするための文書や診療方針に関する同意書などの作成が必要になることがあります。製薬メーカーなどが「◯◯とは」「〇〇における日常生活の注意点」といったパンフレットを作成していることがありますが、すべての疾患や診療内容に存在するわけではありません。
たとえば皮膚科では、「アトピー性皮膚炎の外用薬の使い方」「パッチテストの流れや生活上の注意点」などのプリントがあると便利です。
これらを0から作るのは大きな負担となるため、生成AIにひな型の作成を頼んでみるのも良いでしょう。既存のサンプル(PDFなど)がある場合は読み込ませて改善点を提示させると、より効率的に作成が進められます。下記のようなプロンプトが考えられます。
あなたは皮膚科医です。以下のテーマについて、一般論として説明文を作ってください。
対象:30代の保護者(子どもの治療を理解したい)
条件:①専門用語はかみ砕く ②不安を煽らない ③重要な注意点は太字で強調(※太字は【】で表現) ④400〜600字 ⑤最後に「よくある質問」と「早めに受診すべきサイン」を3つずつ添える
テーマ:アトピー性皮膚炎での外用治療(ステロイド外用薬と保湿剤の使い分け、塗り方のコツ)
診療情報提供書・退院サマリの作成補助
診療情報提供書や退院サマリなどの定型的な文書作成や要約においても、生成AIは有用です。実際に病院でも導入が進んでおり、ある病院では医師の業務時間を32時間/月(18.8%)削減できたという報告があります*4。
こうした業務には電子カルテ情報がかかわるため、容易に個人のスマホやPCで実現できるものではありませんが、生成AIの活用法として有望と言えるでしょう。
新古賀病院が「ユビー生成AI」活用で医師の業務時間を月30時間以上削減│PR TIMES(*4)
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メールや口コミへの返信
メールの作成や、サイトの口コミへの返信には定型的な表現が多いため、生成AIの活躍が期待できます。
Googleサービスの場合、メールの返信文を自動作成できる「文書作成サポート」が便利です。もしくは、生成AIに直接依頼して文章を作成することもできます。Appleユーザーであれば、OS標準で組み込まれている「Apple Intelligence」(Apple Inc.)も活用できるでしょう。
病院やクリニックの運営においては、地図サイトなどに書き込まれる口コミに頭を悩ませる先生方も多いのではないでしょうか。ネガティブな口コミに接し、対応を考えることは精神的な負担となり得るため、生成AIに返信案の作成をお願いするのも一案です。
学会発表やプレゼンテーションの補助
従来の生成AIは文章作成が中心でしたが、現在は画像やスライド、動画作成においても実用的なレベルへと進化しています。
制限時間に応じた構成の検討から、スライドに挿入する画像やグラフの作成までさまざまな場面で活用できるでしょう。たとえば下記のようなプロンプトが考えられます。
5分発表のスライド構成を作ってください。
対象:研修医(皮膚科ローテート中)
目的:臨床で「今日から使える」ポイントが理解できること。
スライド枚数:6枚まで。各スライドに「タイトル」「要点3つ」「発表用の台本(50~80字)」を付けてください。最後に「想定質問5つ」と模範回答(各50~80字)も作ってください。
テーマ:アトピー性皮膚炎の外用治療の基本(強さ選択、FTU、塗り分け、よくある失敗)
学会発表や医学教育の場に限らず、日頃のカンファレンスでも活用できるシーンがあるでしょう。
診断・治療の支援
日常臨床では、漠然とした症状や主訴の診断に困ることも少なくありません。いつも使う薬で副作用が出てしまい、次に何を使うべきか悩むケースもあるでしょう。日常で生じる小さな臨床疑問に対して、解決の糸口を探る"補助的なツール"として生成AIを活用するのも一つの手です。
Web検索でも情報は得られますが、たとえば下記のような複雑な症例の場合、生成AIが状況を整理し、有用な提案をしてくれることもあります。
尋常性天疱瘡で外来治療中の55歳男性。経口ステロイドの減量が進まず免疫抑制薬の併用を検討しているが、アザチオプリンは併用する高尿酸血症治療薬の相互作用リスクから使用できない。次に使用が推奨される免疫抑制薬はなにか?
このように具体的な条件を提示することで、状況に即した選択肢を提示してもらえる可能性が高まります。
医師が生成AIを使う際の注意点

生成AIは便利ですが、利用する際の注意点も存在します。ここでは、とくに医師が押さえておきたいポイントを見ていきましょう。
入力する情報を線引きする
生成AIを利用する際、個人情報の取り扱いに注意する必要があります。
患者さんの情報を鑑別診断や治療方針に使う場合、患者さん本人の同意を得なければ「個人情報保護法」(個人情報の保護に関する法律)に違反するおそれがあります。
氏名や患者ID(診察券番号など)を入力しないことはもちろん、受診した日時や施設名、「疾患名+居住地+年齢」といった組み合わせなど、個人を特定し得る情報の入力は控えなくてはいけません。
また、生成AIは入力された情報を学習に利用し、モデルの改善に還元する仕組みが一般的です。個人情報の漏洩を防ぐためには、入力情報を学習に利用しない設定(オプトアウト)への変更も適宜検討しましょう。
出力される内容を鵜呑みにしない
ChatGPTやGeminiなどの汎用的な生成AIは、特定の承認プロセスを経た医療用AIとは異なるものです。
このため、出力された内容が誤っている場合(ハルシネーション)でも、その責任は生成AIの提供会社ではなく、使用者に帰属します(※)。出力内容を鵜呑みにするのではなく、人間が介在して内容を確認した上で最終判断をするという考え方(HITL:human in the loop)が重要です。
したがって、自身で出力情報の正誤を判断できない分野において、安易に生成AIを利用しないことが賢明でしょう。専門外の分野で活用する前には、まず自己学習から着手する必要があると言えます。
先述のとおり、医学業界では論文の作成や学会発表に生成AIを活用する事例が増えていますが、その場合はMethods(方法)やAcknowledgment(謝辞)への記載を求められる場合があります。発表・寄稿先のルールを確認しておきましょう。
(※)薬事承認を経た医療AI/プログラム医療機器では製造販売業者にも一定の責任が生じ得ます。
生成AI時代における「医師の価値」
生成AIを活用することによって、事務作業の効率化や、定型的な説明の負担軽減が期待できます。
生成AIの目覚ましい発展に伴い、世間では「AIに奪われる仕事」「AIによってなくなる職業」を挙げ、警鐘を鳴らすような記事や報道も見受けられます。今後さらに技術が発展すれば、医師の業務も多くを代替される日が来るかもしれません。
このような時代において、医師という仕事の存在意義とは何でしょうか。
この問いに対する明確な答えは存在しません。しかし、やはり患者さん一人ひとりと向き合い、コミュニケーションを取ることは医師の本質的な価値となるのではないでしょうか。医療は個別性が高く、NBM(narrative based medicine=物語にもとづく医療)という言葉があるように、医師には患者さんの背景や希望を理解し、適切な選択肢を提示することが求められます。
感情に寄り添った提案を行うことは、これからも医師に求められる力となるのではないでしょうか。診療の共通項となる総論的な内容や定型的業務を生成AIで効率化し、その分患者さんと向き合う診療や、共感を伴うコミュニケーションの時間に充てることが理想的と言えるでしょう。
NBM(narrative based medicine)とは?ナラティブ(物語)の意味やEBMとの違いを解説
SDM(共同意思決定)とは?患者と医師が協力する医療の在り方
「ペイシェントジャーニー」とは?医師が臨床に活かすためのポイント
まとめ
近年、生成AIの能力は飛躍的に向上していますが、少なくとも現時点で、医師の仕事をすべて置き換えることができる万能ツールではありません。一方で文章の要約や作成補助、アイデア出しといった領域では、強力なサポート役となるでしょう。100点満点を求めるのではなく、「まず出力させ、その成果物を医師が整える」という使い方がポイントと考えます。
ただし、個人情報の漏洩や出力内容を鵜呑みにすることは避けなくてはなりません。最終的な判断の責任は医師自身が負うという意識が大切です。
生成AIを活用して生まれた時間の使い道に答えはありません。しかし、患者さんと向き合う診療や共感を伴うコミュニケーションの時間に充てることで、これからの時代も医師の価値を高めることができるのではないでしょうか。




