「この患者さんにはとりあえずセフトリアキソンを出しておこう」――そんな発想から抜け出せない先生はいませんか?
感染症診療において、抗菌薬の名前を覚えることよりも大切なのは、抗菌薬の処方に至るまで、そして処方後の適切なフォローアップの思考の流れです。どんな患者さんに、どの臓器の、どの微生物による感染が疑われるのかを順番に整理できれば、抗菌薬の選択は自然と絞られてきます。
思考のロジックさえ身に付けてしまえば、未知の症例に対しても自信を持って対応できるようになります。今回はその思考を、5つのステップに分けてご紹介します。
※筆者個人の見解を含みます。診療にあたっては最新のガイドラインや治療指針、各種薬剤の添付文書などをご確認ください。

ステップ1:患者背景を理解する
感染症診療の出発点は、目の前の患者さんをよく知ることです。以下のような情報が、その後の鑑別診断に大きく影響します。
- 年齢
- 基礎疾患(糖尿病、悪性腫瘍、免疫抑制状態など)
- 最近の入院歴や手術歴、抗菌薬使用歴
- 過去の病原微生物検出歴
- 海外渡航歴
- 性交渉歴
- ペットの飼育状況
たとえば免疫抑制状態にある患者さんでは、健常者では見られないような、まれな微生物も原因となり得ます。
また、最近入院していた患者さんでは、薬剤耐性菌が関与している可能性を念頭に置く必要があります。
「なんとなく熱がある」という主訴で来院した患者さんでも、背景を丁寧に掘り下げることで、診断の方向性がぐっと絞られてきます。患者背景の把握を丁寧に行うことは、感染症診療の土台です。
ステップ2:感染臓器を推定する
次に行うのは、「体のどこに感染が起きているのか」を推定することです。
症状と身体所見から感染臓器を特定することは、その後の原因微生物の絞り込みに直結します。肺炎・尿路感染症・皮膚軟部組織感染症・腸管感染症など、それぞれの臓器によって頻度の高い起炎菌は大きく異なります。身体診察と基本的な検査(血算、CRP、尿検査、胸部X線など)を組み合わせて、まず感染の局在を明らかにしましょう。
「発熱があるから抗菌薬」ではなく、「どこが感染しているか」という思考から始める習慣をつけることが重要です。
また、感染臓器によっては抗菌薬の組織移行性が問われる場面も出てきます。
感染臓器の特定は、薬剤選択にも深くかかわるのです。
ステップ3:原因微生物を推定する
感染臓器が推定できたら、次は感染しやすい微生物を考えます。
これは「培養結果が出るまで待とう」という話ではありません。経験的治療(エンピリック治療)として抗菌薬を開始する際にも、「この臓器感染にはどの菌が多いか」という知識が不可欠です。
たとえば、市中肺炎であればS. pneumoniaeが代表的ですし、複雑性尿路感染症であれば腸内細菌科が中心になります。一方、院内肺炎(HAP)では耐性菌のカバーも必要になってきます。
なお、培養検体は抗菌薬を開始する前に採取することが原則です。後から起炎菌が判明した際に、適切なde-escalation(抗菌薬の最適化)が可能になります。
ステップ4:抗菌薬を検討する
ここで初めて、「抗菌薬の選択」という段階に入ります。
抗菌薬を選ぶ際に重要なのは、薬剤に関する以下4つの情報です。
- 抗菌スペクトル
- 組織移行性
- 副作用
- 腎機能に応じた投与量調整
抗菌スペクトルについては、グラム陽性菌に強いのか、グラム陰性菌をカバーするのか、嫌気性菌はどうか、といった基本的な知識が求められます。
初期治療では広域カバーが必要な場面もありますが、起炎菌が判明次第、できるだけ狭域なスペクトルに絞る(de-escalation)ことが、耐性菌対策の観点からも重要です。
腎機能の低下がある患者さんでは、投与量や投与間隔の調整が必要な薬剤も多くあります。この点は副作用や治療効果に直接影響するため、見落とさないよう必ず確認する習慣をつけてください。
別途配信中の『頻用抗菌薬の使い方早見表』ではこの点も扱っていますので、お役に立てたら嬉しいです。
ステップ5:適切な経過観察を行う
抗菌薬を開始したら終わり、ではありません。感染症診療において経過観察は非常に重要なステップです。
まず確認すべきは、「治療反応があるかどうか」です。
発熱・炎症反応・症状の推移を継続的にモニタリングし、72時間を目安に治療効果を評価しましょう。
改善が得られない場合は、以下を疑う必要があります。
- 起炎菌の見直し
- 薬剤耐性の可能性
- 感染フォーカスのコントロール不全(膿瘍の排膿が不十分 など)
また、培養結果や感受性試験の結果が返ってきた時点で、抗菌薬のde-escalationを検討することが鉄則です。広域スペクトル薬を漫然と続けることは、薬剤耐性菌の出現リスクを高め、患者さんにとっても不利益になります。
投与期間についても、疾患ごとのエビデンスに基づいた適切な期間を守ることが大切です。「まだ心配だから続けよう」という判断は、むしろ有害になり得ることを忘れないでください。
まとめ:感染症診療のロジックを理解して診療に臨もう
今回ご紹介した5つのステップを、最後にもう一度整理しておきましょう。
- 患者背景を理解する:年齢・基礎疾患・入院歴・抗菌薬使用歴など
- 感染臓器を推定する:症状・所見・検査から局在を特定する
- 原因微生物を推定する:臓器と背景から起炎菌の候補を絞る
- 抗菌薬を検討する:スペクトル・組織移行性・腎機能に応じた調整を考慮する
- 適切な経過観察を行う:治療反応の評価とde-escalationを忘れずに
感染症診療は、知識の丸暗記よりも「考え方の順番」を身に付けることが近道です。このロジックを日々の診療の中で繰り返し実践することで、どんな症例に対しても自信を持って対応できるようになるでしょう。




