医学部卒業後、2年間従事する臨床研修(初期研修)では「地域医療」が必修科目となっています。しかし、実際にどのようなことをするのか、都市部での研修と何が違うのかなど、疑問を抱く研修医・医学生の方も多いのではないでしょうか。
この記事では地域医療研修の概要や位置付け、研修で学べること、研修先の選び方などを紹介します。

執筆者:Dr.SoS
地域医療研修の概要
現行の臨床研修制度において、「地域医療」は4週間のローテートが必修化されている科目です。原則として2年次に経験することになっています。
厚生労働省の『臨床研修の到達目標、方略及び評価』には、下記のように記載されています。
【臨床研修を行う分野・診療科】 |
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①内科、外科、小児科、産婦人科、精神科、救急、地域医療を必修分野とする。また、一般外来での研修を含めること。 (略) ⑪地域医療については、原則として、2年次に行うこと。また、へき地・離島の医療機関、許可病床数が200床未満の病院又は診療所を適宜選択して研修を行うこと。さらに研修内容としては以下に留意すること。 |
厚生労働省「医師法第16条の2第1項に規定する臨床研修に関する省令の施行について」(令和7年3月31日一部改正) 別添資料「臨床研修の到達目標、方略及び評価」p.4~5より引用
https://www.mhlw.go.jp/content/10800000/001471114.pdf(2025年6月17日閲覧)
研修病院と提携している地域のクリニックや在宅診療所・病院など、複数の候補から研修医自身が希望する医療機関を選び、研修を行う形が多いかと思います。到達目標上は「8週以上の研修を行うことが望ましい」とされていますが、4週としている病院が多いようです(後述)。
地域医療研修が重視される背景
現制度(新医師臨床研修制度)が導入された2004年時点では、地域医療は単独の必修科目ではなく、「特定の医療現場の経験」の一つとして、保健所や赤十字社血液センターなどで地域保健・医療を経験することが定められているだけでした。
しかし2010年の制度見直しの際に、研修2年目に1ヵ月以上の地域医療を必修とする変更が実施されました。その後も多少の調整はありつつも、2025年度現在までこの位置付けが続いています。
地域医療研修が重視されている理由として、下記2つが考えられます。
臨床研修制度の理念と合致するため
医師臨床研修の基本理念は「一般的な診療において頻繁に関わる負傷または疾病に適切に対応できるよう、基本的な診察能力を身に付ける」*ことです。
地域医療研修は、医療資源の乏しい医療機関で実施されることになるため、研修医の立場であっても幅広い対応が求められることになります。基本的な診察能力を身に付ける上で、地域医療の現場が重視されていると言えるでしょう。
研修医とは?医学生との違いや研修制度の概要・修了条件など【基本事項まとめ】
医師偏在対策の一環とするため
昨今の日本では、医師の偏在が問題視されています。医師の偏在とは、簡単に言えば「医師の人数が都心部で多く、地方部やへき地で少ない」という問題です。
医療提供体制を維持する上で、地方部やへき地で働く医師を確保することは重要です。そのための対策の一環として、まずは多くの医師に地域医療を経験してもらい、やりがいやメリットを体験してもらうことが有益と考えられます。
2024年6月、国は「経済財政運営と改革の基本方針 2024」の中で、2024年末までに医師の偏在対策を策定することを打ち出しました。厚生労働省の「新たな地域医療構想等に関する検討会」が2024年12月に取りまとめた文書では、医師偏在の現状や課題、是正に向けた基本的な考え方、今後の具体的な取り組みが記載されるに至りました。
取り組みの中には、「リカレント教育の支援」、「都道府県と大学病院等との連携パートナーシップ協定」、「医学部臨時定員、臨床研修の広域連携型プログラムの制度化等の医師養成過程を通じた取組」なども挙げられています(広域連携型プログラムについては後述)。今後は臨床研修だけでなく、医師としてキャリアを積むさまざまな過程で、地域医療とかかわる機会がより多く設けられていくのかもしれません。
医師臨床研修制度の変遷|厚生労働省
経済財政運営と改革の基本方針2024|内閣府
「新たな地域医療構想等に関する検討会」のとりまとめを公表します|厚生労働省
└別添3・4「医師偏在対策に関するとりまとめ」
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地域医療研修の実際
ここからは、地域医療研修の実際(学べること、研修先の選び方など)を見ていきましょう。
地域医療研修で学べる内容
地域医療研修で学べる内容は、「診療科の枠組みを越えて、プライマリ・ケアを実践できること」が最大の特徴でしょう。
とくに高齢化の進む地域では、複数の慢性疾患を抱える高齢の患者さんを管理したり、検査や治療手段が限られる訪問診療の現場で臨床能力を鍛えたりすることが期待できます。
通常の研修と比べて、研修医の人数も指導医の人数も少ないケースが多く、指導医から濃密なフィードバックを受けることもできるでしょう。
介護老人保健施設や社会福祉施設での研修を選択すれば、多職種連携の現状に触れ、地域包括ケアシステムの中で医師が担う役割も学ぶことができます。
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地域医療研修の研修先の選び方
地域医療の研修先を選ぶ際には、まずは研修内容に着目することが大切です。
たとえば、将来在宅診療に携わりたいと考えている場合は、研修先として在宅診療所を選ぶと良いですし、開業志向があれば開業医の先生のもとで勉強することで、開業後の現実をイメージでき、有意義と言えます(ただし地域医療研修の多くが内科のため、希望する診療科によっては適さないかもしれません)。
また、地域医療研修を通して人脈のコネクションをつくることで、専攻医になってからアルバイトなどで勤務できる場合もあるでしょう。
へき地や離島など、普段生活している場から離れた医療機関を選ぶことで、研修以外の時間に現地を散策・観光したり、異なる環境での生活を経験したりすることで、自らの見聞を広めることもできるでしょう。必ずしも医療的なスキルアップにはつながらないかもしれませんが、4週以上かけてその地域で生活し、実情を学んだり地域の人と交流したりすることは、その後の人生に少なからず影響を与えるのではないでしょうか。
実際に、全国の研修医はどのような機関で地域医療研修を行っているのでしょうか。厚生労働省が2022年度に実施したアンケートで、以下のような結果が出ています。
- 研修医の25.7%は、地域医療研修を、基幹型病院が所在する都道府県以外の都道府県で実施
- 地域医療研修を行った医療機関は、診療所が22.3%、200床未満の病院が52.2%、200床以上の病院が18.8%
- 診療所で研修を行った研修医の40.1%は、指導医が常勤医師1名のみ
- 地域医療研修の内容とそのエフォートは、病棟業務(急性期)13.8%、病棟業務(回復期・慢性期)18.9%、一般外来30.0%、救急外来12.4%、訪問診療16.6%、介護・老人保健施設3.6%、保健所業務1.0%、その他3.7%
厚生労働省「医師臨床研修制度の見直しの検討について」(2023年3月)p.6より引用
https://www.mhlw.go.jp/content/10803000/001077657.pdf(2025年6月17日閲覧)
つまり、"研修病院と同じ都道府県に存在する小規模病院で地域医療研修をする"のが最もスタンダードと言えます。
ちなみに研修期間は平均4.27週で、回答者の72%が「適当な研修期間」と感じているようです。
今後の地域医療研修
現在の地域医療研修の必修期間は4週間ですが、もっと長くすべきではないかという議論が以前からあり、期間や実施時期は、今後見直されていく可能性もあります。
2020年、青森県や静岡県、宮崎県などの一部の県知事らで構成される「地域医療を担う医師の確保を目指す知事の会」からは、地域医療研修の期間を半年程度確保する案が提出されました。
この提言は時期尚早であるとして見送られましたが、医師少数地域での研修機会を充実させるという方向性は維持されており、2026年からは先述した「広域連携型プログラム」が始まる予定となっています。
広域連携型プログラムとは、医師多数県の中で研修医の募集定数が20名程度、またはそれ以上の病院を対象として、医師少数県で研修を実施する制度です。対象者は募集定数の5%以上、期間は「24週またはそれ以上」とされています。
当初の知事案と比べると、対象者はかなり限定されますが、このプログラムの下では約半年間にわたる比較的長い期間、地域医療研修を行うことになります。
広域連携型プログラムについて|厚生労働省 第1回医道審議会医師分科会医師臨床研修部会(2024年6月)
今後の医師偏在対策について|厚生労働省 第5回医師養成過程を通じた医師の偏在対策等に関する検討会(2024年7月)
まとめ
今回は地域医療研修について見てきました。研修医にとっては幅広い症例や症状に対応するプライマリ・ケアを経験・実践できる場であり、患者さんの生活環境に近い場所で医療を提供する経験が積めることがメリットです。通常の研修とは異なる環境に身を置く機会にもなるので、将来に活きる研修期間を過ごせると理想的でしょう。
より広い視野に立って考えると、研修医が地域医療の研修を経験することは「将来、地域医療に関わりたい」と思う若手医師を増やす可能性を高めるための、医師偏在対策としての意義があります。現在は多くの病院で4週間となっていますが、昨今の情勢をふまえると、延長される可能性もありそうです。
この記事が地域医療研修を理解する一助となれば幸いです。