大規模災害発生時には、医療機関や医療従事者も被災するため、地域の医療提供体制は危機的な状況に陥ることがあります。とくに、災害対応の指揮・調整を担う部門が機能不全となれば、二次的な健康被害や混乱を招きかねません。
そこで、医療機関の指揮・調整機能を支援するために現地に派遣されるのが「DHEAT」です。いつか来るかもしれない災害に備え、DHEATの重要性も年々高まっています。この記事ではDHEATの概要を医師向けに解説します。

執筆者:三田 大介
DHEATとは
DHEAT(disaster health emergency assistance team)とは、「災害時健康危機管理支援チーム」のことです。厚生労働省の資料では、以下のように定義されています。
災害が発生した際に、被災都道府県等の保健医療福祉調整本部及び保健所が行う、被災地方公共団体の保健医療行政の指揮調整機能等を支援するため、専門的な研修・訓練を受けた都道府県等の職員により構成する派遣チームをいう。
厚生労働省「災害時健康危機管理支援チーム活動要領」p.4(令和6年10月24日健生健発1024第2号通知「別紙」8枚目)より引用
https://www.mhlw.go.jp/content/10900000/001354302.pdf(2025年5月12日閲覧)
災害時に活動するほかのチームと異なり、"自治体が自治体を支援する"という点で特徴的です。
DHEATの設立経緯
まずは、DHEATが設立された経緯を確認してみましょう。
DHEAT構想のきっかけは、2011年3月11日に発生した東日本大震災にあります。多くの自治体職員・施設も失われ、行政による活動が困難となった自治体もありました。
この経験から、被災時の保健医療活動を指揮・調整する機能支援が必要と認識され、DHEAT構想へと発展していくことになります。
震災から約3年後の2014年1月、全国衛生部長会において「災害時保健医療活動標準化検討委員会」が設置され、DHEATに関する検討が重ねられました。2016年1月、DHEATの設置が厚生労働大臣に提言され、その年の4月より、国による人材育成が始まりました。4月14日に発生した熊本地震においては、DHEATの先行的応援派遣という実績も残しています。
その後、2018年3月に『災害時健康危機管理支援チーム活動要領』が策定されたことで、日本におけるDHEATの体制が確立されました。活動要領は2023年、2024年に一部改正されており、その履歴は以下のページで確認できます。
DHEATの活動理念と役割
『DHEAT活動要領』とは別に、厚生労働科学研究補助事業として『DHEAT活動ハンドブック』という資料も作成されています。DHEATの活動理念として以下の2つが掲げられています。
DHEATの活動理念は「防ぎ得た死と二次健康被害を最小化すること」、「(被災地が)できる限り早く通常の生活を取り戻すこと」にあります。
令和4年度厚生労働科学研究班費補助金(健康安全・危機管理対策総合研究事業)研究班「DHEAT活動ハンドブック」(第2版)p.7より引用
https://www.phcd.jp/02/t_bousai/pdf/dheat06_handbook.pdf(2025年5月12日閲覧)
この理念に基づき、DHEATは被災地の保健医療調整本部に対する人的支援という重要な役割を担います。具体的には、災害発生直後から急増する医療支援ニーズに対し、限られた医療資源を最適に活用・配分し、迅速かつ効果的な保健医療・福祉活動を支援することが求められます。
DHEATとDMATの違い
DHEATと同じく、災害時に活動するチームとしてよく知られているのが「DMAT」です。DHEAT同様、5名程度で構成される自立したチームであり、災害発生直後から被災地で活動する点、参加するためには講習を受けた上で登録する点などで共通しています(後述)。
異なる点は、DHEATが現場の指揮・調整を担うのに対し、DMATは現場で「医療」を提供することです。
DHEATとDMATは「保健所」と「病院」のような関係と言えます。新型コロナウイルス感染症のパンデミック期における「対策本部」と「病院・クリニック」の関係に近いと考えると、わかりやすいでしょう。
医師が「DMAT」になるには?活動内容や登録要件
DHEATの活動内容
DHEATの基本方針
DHEATの活動期間は、災害急性期から避難所・仮設住宅への生活移行期にかけて、約1カ月程度です。
1チームあたりの派遣期間は1週間以上が標準とされており、チーム数の確保とチーム間の確実な引き継ぎが重要です。前の派遣チームの活動最終日と、後続チームの初日が重なる期間を設けるなど、活動の継続性を確保する工夫がなされています。
ほかの災害医療派遣チームと比べると、1週間以上という活動期間は比較的長いと言えます。2~3日程度の短期派遣では、被災地の状況を把握し活動に慣れたころに交代を迎えてしまい、支援効率が悪くなるためです。
DHEATのチーム編成
DHEATは都道府県および指定都市により編成さます。構成メンバーは原則としてその職員(当該自治体に所属する医師・保健師など)です。地域の事情で職員以外の人をDHEATに追加する場合、地方公務員としての身分が付与されます。地域に根ざしたチームと言えるでしょう。
具体的には、公衆衛生分野の専門職や業務調整員、計5名程度で構成されます。専門職としては、公衆衛生医師、歯科医師、保健師、薬剤師、獣医師、管理栄養士、臨床検査技師などが含まれます。業務調整員は「ロジスティクス」とも呼ばれ、連絡調整や自動車の運転など、DHEATの活動自体を支援します。
ほかの災害医療派遣チームよりも参加職種が多彩であり、さまざまな職種が活動することでチームとしてだけでなく、各メンバー個別の専門性の発揮も期待されます。
とくに、オールマイティに活動できる医師、保健師、業務調整員や、各災害に対応できる専門職は、発災早期から派遣されます(油漏れが疑われる場合の化学職派遣など)。医師は、活動期間全体を通してチームのリーダーとしての役割が求められるようです(『DHEAT活動ハンドブック(第2版)』p.9の内容より)。
DHEATのメンバーになるには、「災害時健康危機管理支援チーム養成研修」を受講する必要があります。e-learningなどの事前学習と、1日間の研修があり、研修には1回につき12都道府県(各8~10名程度)が参加します。座学だけでなく、保健所の初動対応(情報収集、調整本部立ち上げなど)のロールプレイ演習、各種支援チームや物的資源の配分調整など、実践的な内容が含まれます。
災害時健康危機管理支援チーム養成研修(基礎編)受講者の登録について|日本公衆衛生協会
厚生労働省 健康危機緊急時対応体制整備事業 令和6年度保健所災害対応研修(DHEAT基礎編)実施要綱|日本公衆衛生協会
DHEATの活動実績
平成30年7月豪雨
2018(平成30)年7月豪雨は「西日本豪雨」とも呼ばれる災害です。西日本を中心とする広い範囲に記録的な大雨をもたらし、河川の氾濫、浸水、土砂災害が同時多発的に発生しました。
被害は大きく、死者は237名、岡山県を中心とする住家被害は6,767棟、半壊・一部破損が15,234棟、浸水が28,469棟と報告されています*1。大規模な浸水被害が発生した地域では、多くの住民が避難生活を余儀なくされるなど、災害対策における健康危機管理体制の強化が喫緊の課題として認識されました。
この災害で、DHEATが正式発足以来、初めて被災地に派遣されました。活動したのは16の自治体です*2。保健所のさまざまな活動を支援したほか、会議の資料作成や戸別訪問計画の策定など、支援内容は多岐にわたりました。専門的なサポートが得られる有効な支援だったと、現地からも評価されています。
令和6年能登半島地震
2024(令和6)年1月1日、石川県能登半島を震源とするマグニチュード7.6の地震が発生しました。死者は260名(同年6月現在)、住家被害は約10万棟にも上りました*3。能登地方は高齢化と過疎化が進む地域であると同時に、家屋の倒壊や火災、道路の寸断などで地理的に孤立した集落も多く、被災状況の把握や支援物資の輸送が困難を極めました。
この災害でも、全国からDHEATが派遣されました。各チームは地元の保健師と連携しながら、避難所における健康管理や感染症対策、情報収集、関係機関との調整など、多岐にわたる活動を展開しました。「災害時保健医療福祉活動支援システム」(D24H)や「災害時診療概況報告システム」、また活動報告をオンライン化するなど、状況を迅速に把握し支援を効率化するためにICTも活用されました。
令和元年版 防災白書|特集 第1章 第1節 1-1 平成30年7月豪雨(西日本豪雨)災害|内閣府(*1)
厚生労働科学研究費補助金 健康安全・危機管理対策総合研究事業 広域大規模災害時における地域保健支援・受援体制構築に関する研究 平成29年度~30年度総合研究報告書|厚生労働科学研究成果データベース(*2)
令和6年能登半島地震における災害の特徴|内閣府 令和6年能登半島地震を踏まえた災害対応検討ワーキンググループ(第1回)(2024年6月)(*3)
令和6年版厚生労働白書-こころの健康と向き合い、健やかに暮らすことのできる社会に-(本文)
└第2部 現下の政策課題への対応「特集 令和6年能登半島地震への厚生労働省の対応について」
DHEATで医師として働くには
ここまで解説してきたとおり、DHEATの役割は「被災地での指揮・調整機能の支援」であり、公衆衛生に基づく活動が求められます。参加する医師にも公衆衛生の専門性が求められることから、チームに参加する医師は保健所などに勤める公衆衛生医師です。
DHEATで医師として働くことを目指すのであれば、都道府県や市町村に公衆衛生医師として採用されることが第一歩となります。その後はDHEAT養成研修を受け、隊員として登録し、災害時に活動するという流れになるでしょう。
日々、行政機関や保健所などで公衆衛生業務に携わる医師にとって、DHEATは社会医学的な専門性を活かすことのできる活動領域と言えるでしょう。臨床医としてのキャリアパスとは少し異なりますが、公衆衛生の専門性で社会に貢献したいと考える医師にとって、災害医療はサブスペシャルティの一つになり得るのではないでしょうか。
まとめ
この記事ではDHEATの理念や活動内容を解説しました。DMATなどと比較すると馴染みがないかもしれませんが、ほかの災害医療派遣チームと同様、被災地に必須の存在です。災害大国である日本において、保健医療体制の維持は重要な課題であり、DHEATの活動の重要性は今後さらに増していくことでしょう。災害医療や公衆衛生に関心のある先生方が、DHEATの活動に関心を寄せていただくきっかけとなれば幸いです。
災害時健康危機管理支援チーム活動要領の改正(DHEAT先遣隊派遣事業の実施)について(令和6年10月24日健生健発1024第2号通知)|厚生労働省
└別紙 災害時健康危機管理支援チーム活動要領
災害時健康危機管理支援チーム活動要領の改正(DHEATに係る協議会の設置及び保健所現状報告システム等の運用)について(令和5年3月28日健健発0328第2号通知)|厚生労働省DHEAT活動ハンドブック(第2版)(令和4年度厚生労働科学研究費補助金「実践を踏まえた災害時健康危機管理支援チーム(DHEAT)の質の向上、構成員、受援者の技能維持に向けた研究」研究成果物)|全国保健所長会
実践を踏まえた災害時健康危機管理支援チーム(DHEAT)の質の向上、構成員、受援者の技能維持に向けた研究|厚生労働科学研究成果データベース
各種情報提供(防災・災害対策)「DHEAT 災害時健康危機管理支援チーム」|全国保健所長会
災害時健康危機管理支援チームについて―DHEATとは?|厚生労働省
DHEAT研修について|日本公衆衛生協会