2026(令和8)年度診療報酬改定で新設された「外科医療確保特別加算」は、長時間かつ高難度な手術を担う外科医の待遇・働き方に直接影響し得る制度です。対象手術における加算分の一部を外科医個人の手当として支給する仕組みで、従来の病院全体への加算とは異なるインセンティブを生みます。
このコラムでは、外科医療確保特別加算の概要や対象手術に加え、制定の背景、臨床現場への影響について考察します。外科医のキャリアを考える上で重要な制度なので、ぜひ最後までご覧ください。

執筆者:Dr.SoS
外科医療確保特別加算とは
外科医療確保特別加算は、長時間かつ高難度な手術を担う外科医の勤務環境改善と、人材確保を目的とした制度です。一定の体制と実績を満たす医療機関が対象手術を行った際、その手術料へ上乗せする評価として、2026年度診療報酬改定で新設されました。
本制度の特徴は、上乗せ分を「病院の収益」に留めず、加算額の一定割合以上を「外科医の手当」として還元するルールが組み込まれている点です。具体的には、対象手術の所定点数に15%相当が加算され、そのうち30%以上を当該手術に従事した外科医へ支給することが要件となっています。
2026(令和8)年度診療報酬改定の内容まとめ【医師向け】
外科医療確保特別加算の施設基準
外科医療確保特別加算は、どの医療機関でも算定できるわけではありません。高難度の手術を安定して提供できる病院であることや、外科医の負担をチームで分散できる体制であることが求められます。
具体的には、以下のような施設基準が設けられています。
- 当該診療科での経験が5年以上ある常勤医師が6人以上配置されており、チーム制または交代勤務制を導入していること
- 特定機能病院など、一定の実績・体制がある医療機関であること
- 対象手術を年間200例以上実施していること
- 研修体制が整備されていること など
https://www.mhlw.go.jp/content/10808000/001655176.pdf(2026年5月13日閲覧)
外科医療確保特別加算の対象手術と点数
外科医療確保特別加算の対象となるのは、長時間・高難度と位置づけられる手術です。消化器外科領域の主要な高難度手術が広く含まれており、代表例として以下が挙げられます。
- 食道悪性腫瘍手術
- 膵頭十二指腸切除術(PD)
- 腹腔鏡下大腸切除術
- 腹腔鏡下胃全摘術
術式ごとに保険点数が異なるため、実際に加算される点数(15%相当)もそれぞれ異なります。
たとえば食道悪性腫瘍手術(消化管再建)の場合、保険点数は122,540点*1(1点=10円 として1,225,400円)であるため、加算額は183,810円 です。実際に外科医へ支給される手当は、下限の30%であれば1件あたり55,143円、仮に80%であれば147,048円となります。個人にわたる手当額は、手術に従事した人数や役割(術者・助手)によっても変わってくるでしょう。
本制度の対象は悪性腫瘍切除術が中心です。このため、影響は外科全体に一律ではなく、対象手術が集まりやすい基幹病院・専門施設ほど大きくなると考えられます。
外科医療確保特別加算が制定された背景

外科医療確保特別加算が制定された背景には、長時間労働になりやすい外科の業務負担と診療科偏在(なり手不足)への対応が、政策課題として強く意識されるようになったことが挙げられます。長時間労働やトレーニング負荷を要因として、若手医師が外科を敬遠する"外科離れ"も語られてきました。
外科は対象疾患の特性上、長時間の手術や術後管理が重なりやすく、以前から勤務環境の過酷さが指摘されてきました。また、医師全体の女性比率が上がる一方で、外科の女性医師は相対的に少なく*2、ライフイベントと両立しやすい働き方・体制整備が課題となっています。
日本消化器外科学会は、地域の医療体制を維持するために外科医の待遇改善(インセンティブ導入など)が必要であるとして、国民へ理解と後押しを呼びかけてきました。政府の「経済財政運営と改革の基本方針2025」(骨太の方針2025)においても、「減少傾向にある外科医師の支援」という文言が盛り込まれています*3。
2026年度診療報酬改定における外科医療確保特別加算は、こうした背景をふまえ、外科医への直接的なインセンティブとして制定に至ったものと整理できるでしょう。
外科医療確保特別加算が現場に与える影響
外科医療確保特別加算の算定には施設要件が求められるため、病院側の体制整備や人材配置、医師側の進路選択に変化をもたらす可能性があります。
現場への影響を「①高難度手術の集約(どこで手術が行われるか)」と「②外科医個人のキャリア・市場価値(誰が選ばれるか)」の2つの観点で見ていきましょう。
①高難度手術の集約
外科医療確保特別加算を算定するには、複数名の外科医配置やチーム制・交代勤務制の導入、研修体制の整備に加え、対象手術の症例数など一定以上の要件を満たす必要があります。
そのため、要件を満たしにくい施設では、高難度手術を「維持したくても維持できない」状況が生じかねません。結果として、対象手術は基幹病院・専門施設に集まりやすくなり、高難度手術の「施設集約化」が進むと考えられます。
集約化による手術成績(アウトカム)の改善が期待できる一方で、地域によっては「紹介先までの距離が延びる」「救急時の受け皿が限られる」といった課題も生じ得るでしょう。
また、本加算を算定できる体制を整えるべく、経験ある外科医を確保しようとする病院が増える可能性があります。施設によっては、要件である「30%以上の還元」を最低ラインに留めず、より高い割合で手当を設計するなど、採用競争の中で待遇を工夫する動きも出てくるでしょう。
②外科医個人のキャリア・市場価値
個人目線で見ると、外科医療確保特別加算は病院全体への評価に留まらず、外科医への直接的な手当還元を要件としている点で意義深い制度と言えます。いわゆる"ドクターフィー"(医師個人の手技・負担に紐づく評価)の発想を一部取り入れた設計であり、待遇改善を通じて外科医のなり手確保を後押しする狙いが読み取れます。
外科を検討している研修医や専攻医がキャリアを考える際、従来の評価軸(症例数・指導体制・専門医取得など)に加えて、以下の3点が新たな比較軸となるでしょう。
- 症例の集まり方:対象手術が多い施設ほど、高難度手術を経験できる機会が増えやすい
- 教育と体制:チーム制・交代制が整った施設ほど、過重労働を避けつつ研修を回しやすい
- 待遇の設計:同じ"算定施設"でも、手当の配分(誰が対象で、術者・助手でどう按分されるか)は施設ごとに異なり得る
一方で、加算対象はおもに高難度手術であり、救急や一般外科といった外科業務全体をカバーする制度ではありません。外科医の収入が一律で増えると短絡的にとらえるのではなく、自分が目指す働き方に対してどの程度メリットが及ぶのかを見極める姿勢が大切でしょう。
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外科医療確保特別加算の課題と今後の展望

外科医療確保特別加算は、外科医の確保と待遇改善を狙う一方で「対象領域の偏り」と「公平性・納得感」の面で課題を抱えています。制度の狙いは明確ですが、対象外となる領域への影響や、実際になり手不足の改善につながるかどうかの検証が必要でしょう。
対象領域が限られる
多忙な働き方が求められる診療科は消化器外科のみならず、緊急対応や夜間勤務が多い脳神経外科・救急科なども例外ではありません。しかしながら、本加算の対象は主として消化器外科領域の術式に限られているのが現状です。
なかでも対象となるのは高難度手術が中心であり、年間症例数などの施設要件も設定されています。そのため、消化管穿孔・虫垂炎・胆嚢炎といったcommonな救急疾患を数多く扱い、夜間・休日の負担を担うような医師が、本制度の恩恵を受けにくくなるという事態が生じかねません。
つまり、忙しさや貢献度が必ずしも評価されるわけではない点が、現場の不満や実態とのズレが生じやすいポイントと言えるでしょう。「消化器外科医と他科」の間だけでなく、消化器外科医の中でも「高難度がん手術を担う医師」と「救急・一般外科を担う医師」の間で不公平感が生じる可能性があります。
外科医を目指すための「外科専門研修」。プログラム内容や必要な準備とは
「外科医不足」は真実か
「外科医が不足している」「外科離れが進んでいる」という主張はたしかに存在します。一方で、医師数の議論は統計の切り口によって見え方が変わりやすく、「本当に外科医が減っているのか」は結論づけにくいテーマです。
実際、診療科別の医師数の推移(2010年~2020年)を見ると、広義の「外科」は減少していますが、「消化器外科」などの細分化された括りでは大幅な減少とは断定できない結果が出ています*4,5。また、将来の担い手となる外科専攻医数についても、新専門医制度が始まった2018年は805人でしたが、その後は900人を超える年もあり、2025年時点では863人となっています*6。この推移を見る限り、「著しく減少している」とは言えない状況です。
医師不足を訴えているのは外科系に限らず、多くの診療科に共通しています。極端に言えば「うちの科は人がたくさんいるのでもう十分」と明言する学会は少なく、多くの領域で何らかの不足感を抱えているのが現状です。
たとえば筆者の専門である皮膚科でも、統計上の医師数は増加傾向ですが、大学病院などの主研修施設で働く皮膚科医の多くは「人手不足」を感じています*7。つまり、医師総数と現場の不足感は必ずしも一致しないのです。
このような環境下で、特定の診療科・領域だけを優遇するように映る本制度は、他科からの反発や「なぜ外科だけ」という公平性の問題を招くおそれがあります。
制度導入による影響は
外科医療確保特別加算は、2026年度改定で導入されたばかりです。まずは対象施設における外科医の給与がどのように変わるのか、その増減幅や、術者・助手への配分基準が注目されます。
そして長期的には、インセンティブ設計により外科の志望者数や、外科の中での専門選択にどの程度影響が出るのか、つまり「外科離れ」の解消につながるのかを注視していく必要があるでしょう。
まとめ

2026年度診療報酬改定で新設された「外科医療確保特別加算」は、得られた加算の30%以上を従事した外科医へ還元する仕組みです。算定には、経験を積んだ医師が複数名勤務していることや、チーム制・交代勤務制の導入、症例実績といった施設基準を満たす必要があります。
いわばドクターフィーとしての要素を持っており、過酷な労働環境にある外科医への金銭的なインセンティブとして期待が寄せられています。
しかし、加算の対象はおもに消化器外科領域の高難度手術に限られています。脳神経外科や救急科は対象外であること、消化器外科の中でも高難度手術にかかわらない場合は恩恵を受けられないといった不平等感は、今後の課題となり得るでしょう。
制度が始まって現場で働く医師の給与がどうなるのか、診療科や専門領域の志望・選択に変化が生じるのかなど、今後の動向が注目されます。外科の専攻を検討している先生方は、本制度が給与やキャリアにどのような影響をもたらすのか見極めることが大切でしょう。
令和8年度診療報酬改定について│厚生労働省
└個別改定項目について
└医科診療報酬点数表(*1)
医師の勤務実態について│厚生労働省
女性医師キャリア支援モデル普及推進事業の成果と今後の取組について|厚生労働省 平成29年度女性医師キャリア支援モデル普及推進事業に関する評価会議(2018年3月)(*2)
今後の地域枠等の運用について|厚生労働省 第14回医師養成過程を通じた医師の偏在対策等に関する検討会
└p.21 女性医師の年次推移
黒田慎太郎 ほか:国民の皆様へ;地方における消化器外科の診療体制維持のために必要な待遇改善について,ご理解と後押しをお願いします.日本消化器外科学会雑誌 57(7):358-366,2024
令和6(2024)年医師・歯科医師・薬剤師統計の概況│厚生労働省
経済財政運営と改革の基本方針2025~「今日より明日はよくなる」と実感できる社会へ~│内閣府 (*3)
がん診療提供体制のあり方に関する検討会│厚生労働省 第17回がん診療提供体制のあり方に関する検討会(2025年3月)
令和8年度診療報酬改定における外科医療確保特別加算の新設などについて│日本外科学会
医師養成数増加後の医師数の変化について(日医総研リサーチ・レポート No.126)│日本医師会総合政策研究機構(*4)
医師・歯科医師・薬剤師統計(旧:医師・歯科医師・薬剤師調査):結果の概要│厚生労働省(*5)
└平成22年~令和2年
令和7年度の専攻医採用と令和8年度の専攻医募集について│厚生労働省(*6)
日本病理学会 病理専門医,専門医制度の現状│厚生労働省 第7回専門医の在り方に関する検討会(2012年5月)
小児科医確保に関する提言─より良き小児医療実現のために│日本小児科学会
全国勤務状況調査からみる皮膚科の未来│日本皮膚科学会 (*7)
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