今日から4回にわたって、腎臓専門医の長澤将先生に利尿薬に関するエピソードトークと解説をしていただきます。ぜひお楽しみください。

腹部大動脈瘤(AAA)に対する手術を終え、患者さんが集中治療を経て病棟に戻ってきました。体重は70 kg。動脈瘤は腎動脈分枝より中枢側(腎動脈の上)に及んでおり、開腹人工血管置換術が選択されています。術中は腎動脈より中枢で大動脈を遮断する必要があり、腎臓は一定時間の阻血にさらされた――そういう背景のある患者さんです。
丑三つ時――午前2時すぎ。当直の専攻医のPHSが鳴ります。
「先生。〇〇さん、さっきから尿がほとんど出ていません」
電話の主は、病棟で一番頼りになるベテランナース。
この患者さんは、尿が4時間で300 mL、直前の2時間で100 mLしか出ていない状態でした。病棟では「尿量が0.5 mL/kg/hを下回る状態が4時間続いたらドクターコール」という指示が出ていましたが(体重70 kgであれば、4時間で140 mL)、彼女は「なんとなくおかしい」と察知し、早めに連絡をくれたのです。
飛び起きた専攻医は、反射的に答えました。
「あー......じゃあ、とりあえずラシックス®40 mg出してください」
すると、受話器の向こうから一言。
「......先生、何を考えているんですか?」
さて皆さんには、この看護師さんの発言の意図がおわかりでしょうか。
このような事例に馴染みの少ない先生でも、明日からの当直で迷わないよう、「尿が出ない」と言われたときの考え方を整理してみたいと思います。
※筆者個人の見解を含みます。診療にあたっては最新のガイドラインや治療指針、各種薬剤の添付文書などをご確認ください。
まずはバイタルを見る
利尿薬であれ輸液であれ、薬や指示で「動く」前に確認すべきはバイタルサインです。
- 血圧(BP)は問題ないか
- 心拍数(HR)は問題ないか
- 酸素化は悪くなっていないか(SpO2、P/F比、呼吸数)
とくに注意したいのが、「尿が出ない」状況に「酸素化の悪化」が重なるときです。SpO2が下がってきた、P/F比が悪化している、呼吸数が少し多い――この組み合わせは、単なる術後の経過では片づけられない危険サインになり得ます。
溢水・肺うっ血かもしれませんし、出血や循環不全、肺の合併症(無気肺・肺水腫・肺塞栓など)が背景にあるかもしれません。
だからこそ、反射的に動いてはいけません。「とりあえずフロセミド(ラシックス®)」も危ういですが、「どうせ術後の脱水だろう」と輸液に飛びつくのも同じくらい危うい。
何はともあれ、まずはバイタルを把握し、ゼロベースで考えることが重要です。
そして、現場の看護師さんが「なんとなくおかしい」と感じたとき、その直感はゼロベースで受け止める価値があります。経験に裏打ちされた違和感は、しばしば数字より先に異変を捉えます。
冒頭のナースが丑三つ時に連絡をくれたのは、まさにその直感からでした。
なぜ"とりあえずフロセミド"が危ういのか―「尿が出ない」を見たらまず鑑別
大原則を思い出してください。利尿薬は、体液量が過剰な患者さんにはメリットがありますが、体液量が減少している患者さんにおいてはデメリットにもなり得ます。
さらに、術後の乏尿の原因は幅広く、評価なしには決められません。今回の患者さんはとくに、考えるべき軸が複数あります。
| 腎前性 | 出血やサードスペースへの体液移動による循環血液量の低下。術後早期の乏尿の代表格。必要なのはしばしば利尿薬ではなく、細胞外液の補充。 |
|---|---|
| 腎性(虚血性ATN) | 今回は腎動脈より中枢で大動脈を遮断しており、腎臓に阻血の時間があった。虚血性の急性尿細管壊死(ATN)が現実的な鑑別診断に乗る。 |
| 腎後性 | 尿路の閉塞。まずは尿道カテーテルのチェックが必要。あわせて、水腎症がないか、膀胱に尿が溜まっていないかの確認が必要。 |
この鑑別をせずにフロセミドを入れれば、脱水を悪化させ、腎前性AKIや腎虚血に追い打ちを与えかねません。「尿が出ない=体液量過剰」では決してないのです。
バイタルを確認し、腎前性・腎性・腎後性を切り分ける。その上で利尿薬の出番があるかどうか――すなわち「本当に体液量が過剰なのか」を見極めていきましょう。
その浮腫・乏尿は本当に「体液量過剰」?
利尿薬が活躍するのは、鑑別を経て「体液量過剰」と確認できた患者さんに限られます。
たとえば下腿浮腫も、体液量過剰の証拠とは限りません。以下のような鑑別パターンがあり得ます。
- 片側性の浮腫 → 深部静脈血栓症(DVT)を疑う
- 両側性の浮腫 → 甲状腺機能の異常、カルシウム拮抗薬の副作用を疑う(経験上、慢性の場合、ビタミンB1欠乏が隠れていることも多い)
- 特発性浮腫 → むしろ利尿薬が逆効果になる場合がある
見極めのカギは、1つの所見だけで判断しないこと。私は次の5つを組み合わせ、矛盾なくそろって初めて「体液量過剰」と判定しています。
①頸静脈怒張(JVD)
②下腿浮腫:片側性・両側性で鑑別が分かれる点に注意
③肺うっ血:聴診ラ音・胸部X線所見
④体重増加:ベースラインからの変化
⑤エコー所見:IVC径拡張・B-line陽性(POCUSで確認)
これらがそろわないのに尿が少ない――そんなときに利尿薬を入れると、効かないどころか脱水やAKIのリスクを高めます。
利尿薬を選ぶまでの診療ステップ【PDF資料あり】
鑑別を経て「体液量過剰」と確認できたら、ようやく薬剤の選択です。「心不全だからフロセミド」「高血圧だからサイアザイド系」と疾患名で選ぶのではなく、順を追って判断を進めましょう。
なお、体液量過剰を確認できたとしても、すぐに利尿薬に手を伸ばすとは限りません。
利尿薬はあくまで、余分な水分・塩分を排出する「対症療法」です。一方で、減塩などの生活指導や入院中の補液は、そもそも体液量過剰に陥らせないための「根本的な治療戦略」にあたります。どれほどベストな利尿薬を選んでも、生活指導や補液の戦略が伴わなければ効果は限定的だと私は考えています。
| 【PDF資料にわかりやすくまとめました】 |
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利尿薬処方までの診療フローの全体像を、フローチャートにまとめました。
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まとめ:薬剤名だけで判断しない
「とりあえずラシックス®」と言いかけたあの夜、まずはバイタルを確認し、病態から考え直したことで、患者さんを救うことにつながりました。
尿が出ない理由を、バイタルサインと腎前性・腎性・腎後性の鑑別から考え直す。「むくんでいるから利尿薬」「尿が出ないからフロセミド」という短絡的な思考を止めて、「本当に体液量は過剰か?」「いま投薬して脱水や虚血を招かないか?」とベッドサイドで考える。これこそ、非専門医であっても――あるいは非専門医だからこそできる――患者さんを守るための"一工夫"だと思います。
数字や印象の裏にある病態を読む―― 低Na血症のときも、輸液管理のときも、そして利尿薬処方のときも、診療に必要な姿勢は同じです。利尿薬を出す前に、一度立ち止まって患者さんを診る。このコラムがそんな診療のお役に立てば幸いです。
日本循環器学会ほか:2025年改訂版 心不全診療ガイドライン(日本循環器学会 / 日本心不全学会合同ガイドライン).2025
Wilfried Mullens,et al.:Acetazolamide in acute decompensated heart failure with volume overload.N Engl J Med 387(13):1185-1195,2022
Joan Carles Trullàs,et al.:Combining loop with thiazide diuretics for decompensated heart failure: the CLOROTIC trial.Eur Heart J 44(5):411-421,2023





