フォーミュラリーとは?院内や地域で導入するメリット・デメリットを医師視点で解説

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公開日:2024.02.29

フォーミュラリーとは?院内や地域で導入するメリット・デメリットを医師視点で解説

フォーミュラリーとは?院内や地域で導入するメリット・デメリットを医師視点で解説

フォーミュラリーは医薬品の使用指針であり、治療の質や医療コスト、臨床判断の過程に影響を及ぼします。私たち医師にとって理解すべき事項であることに疑いの余地はありません。しかし国内での普及は進んでおらず、フォーミュラリーの具体的な内容とその役割は何か、詳細に把握している方は少ないかもしれません。

近年、国はフォーミュラリーの導入を推進しています。 また、団塊の世代が後期高齢者になる2025年が近付き、医療費抑制のために導入する機運が今後さらに高まると考えられます。

この記事では、フォーミュラリーの概要やメリット・デメリットのほか、医師が抱きやすい懸念についても解説します。

フォーミュラリーとは

日本ではフォーミュラリーの厳密な定義はありませんが、厚生労働省の資料には「『医療機関等において医学的妥当性や経済性等を踏まえて作成された医薬品の使用指針』を意味するもの」*1と記載されています。薬剤の選択には医師の知識や経験、患者さんとの相性などさまざまな要素が関わりますが、使用指針によって効率的かつ経済的な医薬品使用を達成することが狙いです。

フォーミュラリーという用語や概念は以前から知られていましたが、政府の「経済財政運営と改革の基本方針2021」(骨太方針2021)にフォーミュラリーの活用が記載されたことで注目が高まりました。2023年7月には厚生労働省から、フォーミュラリーの運用に関する基本的な考え方に関する通知(「フォーミュラリの運用について」)が発出され、全国で導入が推進されています

院内フォーミュラリーと地域フォーミュラリー

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フォーミュラリーには、病院単位で作成する「院内フォーミュラリー」と、地域単位で作成する「地域フォーミュラリー」があります。両者は作成者や管理運営者、地域医療経済への影響度に違いがあります。

院内フォーミュラリー(病院フォーミュラリー)

院内の医師や薬剤師が作成するもので、理事長やオーナー、薬剤部長などの話し合いを通じて意思決定されます。管理・運営は病院薬剤部が担うため、作成や運用の難度は低いと言えます。ただし、病院ごとに運営されるため、地域の医療経済への影響は小さくなります。

地域フォーミュラリー

地域の医師・医師会や薬剤師・薬剤師会、中核病院が作成するもので、診療所や薬局、地域保険者、自治体など多くの意思決定者がかかわるため作成や運用は難しくなります。地域全体の医薬品使用を対象に、薬剤師会や医師会が管理・運営するため、地域の医療経済に大きな影響を与えます

海外のフォーミュラリー実施状況

フォーミュラリーは世界各地で必要性が認識されています。すでに多くの国で導入されており、日本より取り組みが先行している国も多くあります。

スウェーデン、デンマーク、シンガポールでは地域フォーミュラリーが、オランダ、フランス、オーストラリア、アメリカでは院内フォーミュラリーが主に運用されています。

イギリスでは1940年代から、各病院で地域フォーミュラリーの作成が始まり、現在は州や郡ごとに運営されています。今後日本でフォーミュラリーの活用を検討するにあたり、こうした海外の事例は大いに参考になると思われます。

国内のフォーミュラリー実施状況

2020年度に、特定機能病院や地域医療支援病院など831施設を対象とした調査*2が行われました。回答があった486施設(58.5%)のうち、フォーミュラリーがあると回答した施設は123施設(25.7%)、ないと回答した施設は356施設(74.3%)という結果でした。現時点でフォーミュラリーの普及は十分ではないと言えそうです。

フォーミュラリーがない施設からは、その理由として「作成したいが、時間や人手がない」という回答が最も多く、ほかに「作成したいが、方法や技術を知らない」「作成したいが、経営者や医師が積極的ではない」「フォーミュラリーがあっても収益上の利点がない」などが挙げられています。

フォーミュラリーを作成するメリット

フォーミュラリーを作成することで、医師や医療機関、患者さんや薬局などにとって、さまざまなメリットを期待することができます。1つずつ見ていきましょう。

治療が標準化される

フォーミュラリーがあることで、医薬品の使用が標準化され、均一な治療を提供することができます。最新のエビデンスを参考に作成されるため、医療の質向上も期待できます。

地域フォーミュラリーの下では、異なる医療機関で同じ薬剤を処方してもらえるため、患者さんは安心して治療を受けることができます。医療者側も投薬内容を把握しやすくなることで、併用禁忌の薬剤処方や重複投薬を防ぐなど、医療安全にも役立つと考えられます。

医療費を削減できる

フォーミュラリーでは、経済性も含めて合理的な薬剤を選択します。効果が同等と判断されれば、原則として後発医薬品が採用されるため、医療費を削減する効果が期待できます。

後発医薬品の使用は、その信頼性の確保を含め、国も重要な課題と位置付けており、「骨太方針2021」でも「更なる使用促進を図る」と記載されています。

業務を効率化できる

フォーミュラリーがあることで医療者の業務が均一になり、効率向上が期待できます。

医師は指針に沿って処方を行うため、薬剤の選択に要する労力や時間を節約することができますし、医療機関は備蓄薬剤の種類が減ることで在庫が残りづらくなり、決まった流れで払い出すことができるため、作業が簡便になります。患者さんが持参した薬剤の鑑別も簡単になるため、多方面で作業が効率化すると言えます。

フォーミュラリーのデメリット・課題、医師が抱く懸念

作成・調整に手間がかかる

医薬品の選択には、医師が積んできた経験や知識、好みなどさまざまな要素が影響するため、同じような状況でも医師によって選択する薬剤は異なります。処方は医師特有の業務であり、口出しされたくない、指針を強制される筋合いはない、と感じる方もいるでしょう。

医療機関単位でも、使い慣れている薬剤の方が管理しやすい、コスト面での有利・不利など、さまざまな事情があります。ほかに医師会や薬剤師会、行政機関など、考慮すべきステークホルダーは多岐にわたります。そのためフォーミュラリーの作成・調整には手間と時間がかかると想像されます。

政府が発出したフォーミュラリーの運用に関する基本的な考え方には、医療機関や地域医療関係者が協力し、透明性と地域医療事情の反映を目指す必要があること、作成過程には医師会や薬剤師会の協力が必要で、行政機関や保険者の関与も検討することが重要であることが記載されています(下文)。

フォーミュラリーの作成に当たっては、医療機関の医師及び薬剤師、薬局の薬剤師のほか、地域の医療を担う関係者からなる組織を設置し、地域の医師会や薬剤師会等の関係団体との協力を得ながら、関係者の協働と合議の下で、契約関係などの利益相反の開示を含め透明性を確保し対応するべきである。また、地域の医療事情をきめ細かく反映させ、かつ実効性を高めるためには、行政機関(例:地方公共団体の薬務主管課、医務主管課)や保険者(例:健康保険組合、地方公共団体の国民健康保険主管課、後期高齢者広域連合)などの関与も可能な限り検討すること。

厚生労働省「フォーミュラリの運用について」(令和5年7月7日保医発0707第7号)別添資料p.2より引用
https://www.mhlw.go.jp/content/001175316.pdf

一からフォーミュラリーを作成することは簡単ではなく、標準的な作成方法が示される必要があるでしょう。その一つとして、日本フォーミュラリ学会から「地域フォーミュラリの実施ガイドライン」が提供されており、参考にすることができそうです。

決められた薬剤以外は処方できなくなるのか?

内服薬

フォーミュラリーは標準的な薬剤選択を示すものですが、すべての患者さんがその基準に当てはまるわけではありません。例外的なケースは医師がしばしば経験し得るものです。目の前の患者さんに、フォーミュラリーに沿った薬剤選択が適していないと判断する場合でも、決められた薬を処方しなくてはならないのでしょうか。

いいえ、もちろんそうではありません。厚生労働省の資料には「医学・ 薬学的な理由により必要と判断される場合には、これ以外の医薬品を使用することは可能である*1と記載されています。フォーミュラリーは医薬品の使用(処方)を制限するものではありません

厚生労働省は「既に治療を始めている患者については、フォーミュラリーの収載薬に切り替える必要はなく、投薬中の医薬品を継続することで差し支えない*1とも述べています。フォーミュラリーは急な薬剤変更を迫るものでもないことを押さえておきましょう。

すべての薬剤が対象になるのか?

フォーミュラリーが対象とする薬剤には一定の条件があります。後発医薬品が作られていること同種同効薬が多く存在する疾患の医薬品であることなどです。

後発医薬品がないのにフォーミュラリーを作成しても、経済的メリットが限られます。また、同種同効薬が少ないものに指針を定めても、あまり意味がないからです。

具体的に対象になり得る薬剤として、厚生労働省は以下を挙げています。

  • アンジオテンシンⅡ受容体拮抗薬などの降圧薬
  • α-グルコシダーゼ阻害薬などの糖尿病用薬
  • HMG-CoA 還元酵素阻害剤などの高コレステロール血症治療薬
  • 抗ヒスタミン薬などの抗アレルギー薬
出典:厚生労働省「フォーミュラリの運用について」(令和5年7月7日保医発0707第7号)別添資料
https://www.mhlw.go.jp/content/001175316.pdf

まとめ

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医薬品選択にこだわりのある内科系の医師の中には、フォーミュラリーに抵抗を感じる方もいるかもしれません。しかし今後の日本の医療体制を維持していく上で、国はフォーミュラリーの推進を重要視しています。フォーミュラリーを定めるメリットとデメリットを把握し、医薬品選択を強制されるものではないという前提のもと、有効な利用方法を検討してみてはいかがでしょうか。

Dr.Ma

執筆者:Dr.Ma

2006年に医師免許、2016年に医学博士を取得。大学院時代も含めて一貫して臨床に従事した。現在も整形外科専門医として急性期病院で年間150件の手術を執刀する。知識が専門領域に偏ることを実感し、医学知識と医療情勢の学び直し、リスキリングを目的に医療記事執筆を開始した。これまでに執筆した医療記事は300を超える。

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